スホーイ Su−2地上攻撃機

Sukhoi Su-2
Сухой Су-2


ソビエト赤軍

Su-2
ソビエト空軍のスホーイSu−2

 旧ソビエトの第一線級戦闘機設計者として名をなしたパーヴェル・スホーイ(Павел Сухой)は 1920年代にツポレフ率いる設計チームの一員として設計者の第一歩を示した。優秀な技術と発想力を持つ彼 は1930年代末には彼自身が設計チームを率いるまでになっており、1940年代に入る頃に彼の設計チーム は設計局へと格上げされた(基本的に設計局は代表者の名前を冠するため”スホーイ設計局”と呼ばれた)。
 1936年頃、スホーイの設計チームは単葉低翼の機体開発を行っており、この機体は戦術偵察機兼地上攻撃 機としての任務を狙ったものであった。1937年3月にM−62エンジン(820hp)を装備した固定脚の原型1号 機が初飛行したが、スホーイは更に改良を重ね、数度の試験審査を経て1940年末に生産命令を受けることに 成功した。この時点で設計チームは設計局に昇格していたためSu−2(通常ソビエトでは戦闘機が奇数番号、 それ以外の機体は偶数番号が付与される)の名が付けられた(ただし軍側ではBB(ближний бомбардировщик:短距離爆撃機の略)−1という呼称を使用した)。
 生産型は複座の低翼単葉機で引き込み式の主脚・尾輪を持っており、後部座席の偵察員兼銃手が操作する後方 機銃は半球形風防に被われた旋回式となっている。配備された部隊では使用する兵士達から高い評価を受け、実 際他国の同種機と比べても何ら遜色のない性能を持っていたが、第二次大戦が始まってみると中低高度で使用さ れる軽爆撃機は、戦闘機の掩護のない状態では格好の標的でしか無いことが判明したため1942年半ばに生産 は中止され、地上攻撃任務はIl−2にすべて譲 ってしまった。地上攻撃任務から外された当機は地上襲撃部隊の先頭先導機や偵察任務に使用されたほか、標的 曳航、連絡機などの後方任務に回されるようになっている。
 なお当機の生産数については600機程度というものから2,000機以上というものまで色々な説があり、 現在のところはっきり判っていない。

機体詳細データ(Su−2:最終生産型)
全長10.46m全高 3.75m
全幅14.6m翼面積29.00m2
自重3,300kg最大重量4,700kg
最高速度486km/h(高度5,800m)上昇限度9,000m
航続距離1,100km巡航速度400km/h前後
発動機シュベツォフM−82星形空冷複列14気筒 1,400馬力×1基
乗員数2名総生産機数600〜2,000機(多説あり)
武装7.62mm機銃×6〜9、胴体内に最大400kgの爆弾、翼下にロケット弾(RS-82×10またはRS-132×8)
(機銃は前方固定4、後方旋回1以外は腹部に引き込み式架台を装備して搭載した)
主要タイプ ANT-51:原型機の呼称。M-62エンジン装備
Su-2(生産前型):M-87系エンジン(900hp)を搭載した審査用生産前機
Su-2(前期型):M-88エンジン(950hp)搭載の生産型。操縦席に9mm厚の装甲を施した
Su-2(後期型):M-88Bエンジン(1,000hp)搭載の強化型。一部機は主翼機銃×2のみ
Su-2(最終型):M-82エンジン装備の最終生産型。後方旋回機銃×2(連装)
BB-1:軍内部でのSu-2の呼称。BBは短距離爆撃機の略
ShB:改良型地上攻撃機の原型。装甲増加、爆弾搭載量強化。M-88エンジン搭載
Su-4:改良型原型。M-90エンジン(2,100hp)、主翼に12.7mm機銃×2搭載。ごく少数生産