ネーマン(ハリコフ航空研) R−10(KhAI−5)軽爆撃/偵察機

Neman(Kharkov Aviation Institute) R-10(KhAI-5)
Неман(Харковский Авиационный Институт) Р-10 (ХАИ-5)


ソビエト赤軍

R-10
ソビエト赤軍のR−10

 ハリコフ航空機研究所に所属する技術者ヨシフ・G・ネーマン(Иосиф Григорьевич Неман)は 1930年代初頭に低翼単葉引込脚の単発旅客機KhAI(ХАИ)−1を完成させた。 軍当局はこの機体に目を付けХАИ−1ВВвоенный вариант:軍用の略)を 少数機製造させ、軽爆撃や偵察に使える汎用機として運用した。
 さらに軍ではХАИ−1を発展させた機体の開発をハリコフ航空研に 対して指示、ХАИ−5と名付けられた新型機は1936年に完成した。 同時期に偵察機として開発されたコチェイギンR−9(Р−9)との 比較審査により当機の方が優秀であるとしてR−10(Р−10)の 名称で制式採用となった(R(Р)はРазведчики: 偵察機の略。名称には偵察機のコードがふられているが、軽爆撃機として使用されることの方 が多かったようだ)。
 採用直後から量産型の生産が開始されたが生産はうまく軌道に乗らず、責任者であるネーマ ンは一時期サボタージュとスパイ活動の容疑で投獄される事態になった(投獄により、それま で改良型として開発が行われていたХАИ−52はキャンセルされた)。
 なんとか部隊に配備された量産型は、1939年のソ満国境における日本軍との紛争で初陣 となった。対フィンランド戦(冬戦争)や第二次大戦初期にも使用されたが、時代遅れの 当機は損害も大きかった。しかし後継となる短距離爆撃機(Su−2Yak−2など)の開発 に手間取ったため1943年頃まで前線で使用されており、生産数もそれなりに多かった。

機体詳細データ(R−10)
全長 9.40m全高 3.80m
全幅12.20m翼面積26.80m2
自重2,197kg最大重量2,877kg
最高速度370km/h上昇限度6,700m
航続距離1,300km巡航速度不明
発動機シュベツォフ M-25B 空冷星形9気筒 730馬力×1基
乗員数 2名総生産機数500機以上(528機説あり)
武装7.62mm機銃×3(前方固定2、後方旋回1)、爆弾300kg搭載
主要タイプ KhAI-5:原型機
P-10:KhAI-5に準ずる量産機の制式名称
KhAI-5bis:M-25Eエンジン(800hp)搭載の改良型原型
KhAI-51:攻撃能力を強化した改良型原型
KhAI-52:全天候型原型。M-63エンジン(1,000hp)搭載
PS-5:胴体内に客席3座を設けた民間向け機体。アエロフロートが運用