ヴァルティ P−66ヴァンガード戦闘機

Vultee P-66 "Vanguard"

中国(国府軍)空軍 他

P-66
英軍向けの塗装を施されたP−66ヴァンガード(ヴァンガードMk.

 新興航空機メーカーであるヴァルティ社が自社費用で開発した輸出用戦闘機。当初は砲弾型成形 を施した意欲的な機体モデル48Xとして開発が進められていたが、空力的に洗練したエンジンカ ウル形状から冷却に問題が発生したため、オーソドックスな形状をしたモデル48Cに変更して1 940年6月に完成した。ヴァルティ社では当機を中小国家向けの戦闘機として位置づけており、 中立国ながら厳しい周辺諸国の情勢から航空勢力増強を図っていたスウェーデンに対してセールス を成功させ、144機の大量発注を受注することに成功した。
 翌41年9月に受注した機体を完成させたヴァルティ社だったが、米政府の兵器輸出停止命令に よりこれらの機体は発送が不可能となってしまった。宙に浮いた機体は一応米陸軍の管理下に置か れ、一部の機体はP−66の名称を与えられ陸軍航空隊の訓練任務や本土西海岸の防空任務に使用 されるようになった。
 またレンドリース(武器貸与)法により100機がイギリス政府の仲介でカナダ空軍に送られる 予定だったのだが、これらの機体は急遽中国へ送られることに変更され、インドを経由して42年 に中国国府軍へ引き渡された(輸送中に失われた機体が多かったため、実際に中国へたどり着いた 機体は少数だったとされる)。
 中国では当機を使用してフライングタイガースのような義勇部隊を編成する予定だったのだが、 この計画は日本がアメリカへ宣戦布告したことにより中止されてしまっている。現地操縦士に操ら れた当機が日本軍と交戦した記録はほとんど残されておらず、逆に日本軍機に間違われて味方に攻 撃されたり、日本軍の攻撃により地上で撃破された記録ばかりが残っている。
 その後、中国軍は米国から供与されるP−40に 乗り換えたため、生き残っていたP−66は後方へ下げられ、近い将来におこるであろう共産軍と の内戦に備えて温存されたと伝えられるが、これらの機体がどうなったかの資料は残されていない。
 なお、米国航空関係者の中には日本軍の戦闘機(零戦一式戦闘機など)は、当機 を模倣したものであるとの説を述べる者があるらしいが、機体の完成年や日本機のスタイルを見て もその説に正当性はまったく無いことが判る。

機体詳細データ(P−66)
全長 8.64m全高 2.87m
全幅10.97m翼面積18.30m2
自重2,112kg最大重量2,735kg
最高速度547km/h(高度5,180m)上昇限度8,595m
航続距離1,368km巡航速度467km/h
発動機プラット&ホイットニー R-1830-S3C4-G 空冷星形複列14気筒 1,200馬力×1基
乗員数 1名総生産機数146機
武装7.62mm機銃×4(前方固定)、12.7mm機銃×2(前方固定)
主要タイプ V-48X:砲弾成形カウリングを持つ原型機。開発中止(1機)
V-48C:通常のカウリングを持つ原型機を含むスウェーデン向け機体(145機)
P-66:米陸軍がV-48Cに対して与えた軍呼称。少数が陸軍航空隊に所属
Vanguard Mk.I:P-66の英連邦呼称。英連邦へは送られなかった
Vultee機:中国軍での当機呼称の一つ。Vultee P-66と普通に呼称される場合が多かった