セバスキー P−35戦闘機

Seversky P-35

合衆国陸軍航空隊 他

P-35
米空軍博物館に所蔵されるP−35((c)National Museum of the United States Air Force)

 セバスキー社(リパブリック社の前身。1939年にリパブリック社へ改組改称)が自社費用で開発 した複座戦闘機原型SEV−2XPが元となった単座戦闘機。米陸軍にて審査中だったSEV−2XP が事故により損傷してしまったため、修理に際してセバスキー社では引き込み脚の採用と操縦席の単座 化を行い、SEV−1XPと改称した原型機を完成させた。
 米陸軍航空隊の審査を受けたSEV−1XPだったが、馬力不足という指摘を受けたためエンジン を換装したSEV−7へと発展を遂げた。しかし換装したR-1830-9が定格の85%しか出力を発揮でき なかったため更に性能は低下、エンジンメーカーが定格出力950hpを保証した同型エンジンに積み換えた 機体(AP−1と名付けた)になってようやく米軍からP−35の名で発注を受ける事ができた。第1 期生産機は1937年7月から米陸軍に納入が開始されたが、最終機はXP−41 (P−43ランサーの原型モデル)として 完成している。
 またエンジン出力を強化し重武装化された機体も製作されP−35Aの名で米陸軍が第2期生産機と して約60機を入手した。太平洋戦争が開戦したときP−35Aはフィリピンに展開していたのだが、 襲い来る日本機には歯が立たず多大な損害を蒙っている(そのため戦争緒戦を生き残った機体は194 2年にRP−35Aと改称され、戦闘行動への参加を制限されるようになった)。
 当機の海外顧客としてはスウェーデンがP−35A相当機(輸出モデル名EP−106)を導入、J 9の名称で使用していたほか、エクアドルも12機程を導入した。
 なお、複座型2PAも製作され、20機程度が1937年に日本海軍向けとして輸出されている。こ れらの機体は日中戦争において護衛戦闘機の不足を補うためのものであったが、中国戦線では偵察機と して使用されるにとどまり、性能不足から1939年には複数の新聞社へ高速連絡機として払い下げら れてしまっている。

機体詳細データ(P−35A)
全長 8.18m全高 2.97m
全幅10.97m翼面積20.44m2
自重2,080kg最大重量3,050kg
最高速度499km/h(高度4,400m)上昇限度9,600m
航続距離1,500km巡航速度418km/h
発動機プラット&ホイットニー R-1830-45 空冷星形複列14気筒 1,050馬力×1基
乗員数1名総生産機数約200機
武装7.62mm機銃×2、12.7mm機銃×2、爆弾最大160kg
主要タイプ SEV-2XP:自社負担開発の複座戦闘機原型。単座へ改造された
SEV-1XP:単座原型機。引き込み脚採用。R-1820-G5エンジン(850hp)搭載
SEV-7:R-1830-9エンジンに換装した原型
AP-1:出力を保証したR-1830-9エンジン(950hp)に換装した原型
P-35:AP-1を元にした第1期生産機。最終機はXP-41原型となった
EP-1:P-35同等機の輸出モデル名称。エクアドルに輸出
2PA:P-35の複座型。試作型は後部座席に後方銃座を装備。1機は水上機型として製作
A8V-1:2PA(改良型の2PA-B3)の輸出型。日本海軍が20機程度調達し偵察機として使用後、新聞社へ売却
セバスキー陸上複座戦闘機:A8V-1の日本海軍での呼称。略称はS号戦闘機
AT-12:スウェーデン向け輸出型2PAの米陸軍呼称。禁輸のため米陸軍が高等練習機として使用
P-35A:R-1830-45エンジン(1,050hp)を搭載した第2期生産機
RP-35A:戦争緒戦を生き残ったP-35Aに付与された呼称。Rは”restricted(制限付き)”の略
EP-106:P-35A同等機の輸出モデル名称。スウェーデンに輸出
J9:スウェーデンにおけるEP-106の名称
B6:スウェーデンにおける2PAの名称