メッサーシュミット P.1101試作戦闘機

Messerschmitt P.1101

ドイツ空軍

P.1101
未完成のまま連合軍に押収されたP.1101原型1号機

 連合軍の反攻が始まり戦局が悪化しつつあったドイツ空軍は1944年に戦闘機必要計画(独語では Jägernotprogramm。英訳ではEmergency Fighter Program(非常時戦闘機計画)と訳される)を提 起した。この計画には現生産ラインを全て防衛に必要な戦闘機生産に切り替えることの他に、連合軍機 を圧倒できる性能を持つ戦闘機の開発が含まれていた。
 計画に基づきドイツ国内の各航空機メーカーでは多種多様なジェットおよびロケット戦闘機の開発が 進められたが、終戦までに実機製作に至ったのは拠点防衛用ロケット戦闘機であるバッヘム Ba349と単座迎撃戦闘機であ る当機だけであった。
 メッサーシュミット社は計画が提示された日(44年7月15日)から9日で当機の設計試案を提示 した。この当初案では三車輪式降着装置を持つ後退翼の単座ジェット戦闘機であったが、最終的な設計 は主翼後退角を3段階(30度、40度、45度)に変更できる世界初の可変翼機となっていた。
 製造に必要な資材の確保が44年末から始まったが、戦況の悪化により必要な資材が充分に集まらず、 原型1号機は木製構造の機体にジュラルミンを張った機体として製作されることになった。搭載される エンジンはハインケルS011が予定されていたが、未完成だったため原型機には Me262にも搭載されたユンカ ース「ユモ」004が搭載されている(S011が完成すれば容易に換装できるよう機体は製作された)。 また操縦席を覆う風防は防弾ガラスの球体風防(バブルキャノピー)だったため、操縦士に良好な視界 を提供できた。
 1945年4月末に進撃してきた米軍により未完成(完成度80%)の原型1号機が押収され、当機 は飛行せずに終戦を迎えている。戦後米軍は当機を研究材料として本国へ移送しようとしたが、輸送途 中の事故(貨車から落下した)により修理不可能な状況にまで破損してしまった。米ベル社は当機を利 用した研究により可変翼実験機X−5を完成させている。

機体詳細データ(P.1101原型機)
全長 8.97m全高 3.51m
全幅 8.05m翼面積13.56m2
自重2,594kg最大重量4,064kg
最高速度985km/h(高度7,000m:計画値)上昇限度12,000m
航続距離1,500km巡航速度不明
発動機ユンカース「ユモ」004B軸流ターボジェット 静止推力900kg×1基
乗員数 1名総生産機数1機(未完成)
武装30mm機関砲×2または4、または有線誘導空対空ミサイル(ルールシュタールX-4)×4
(計画のみで原型機には武装未搭載)
主要タイプ P.1101:当機の計画名称。単にSchwenkflügel(シュヴェンクフリューゲル:可変翼)と呼ばれることもある