コチェリギン DI−6戦闘機

Kocherigin DI-6
Кочеригин ДИ-6


ソビエト赤軍

DI-6
DI−6戦闘機(ごく初期の生産型と思われる)

 ソビエト中央設計局(ЦКБ:TsKB)で責任ある地位にいた設計者セルゲイ・A・コチェリギン [Сергей Александрович Кочеригин]が193 0年代半ばに開発した複座戦闘機。この機体開発までにコチェリギンはV・B・シャブロフ[Вадим Борисович Шавров]と 組んでU−2練習機の水上機型を 試作したり、ミハイル・・グレビッチ[Михаил Иосифович Гуревич]と 組んで低翼単葉の地上攻撃機TSh−3の開発を行ったりしている。
 当時、世界的に複座型の戦闘機開発が盛んになっており、コチェリギンも同様の思想で開発を行う こととした。TsKB−11と名付けられた原型機は1935年前半に完成している。輸入したライ ト社製サイクロンエンジンを搭載した複葉引込脚の機体で、主翼は上下の翼幅が異なっており(下翼 の方が幅が狭い)、下翼は付け根部分が折れ曲がったガル翼となっていた。また操縦士と背中合わせ に搭乗する銃手席は風防に覆われており、銃手の下方視界を良くするため水平尾翼はやや高い位置に 設置されている。
 原型機を使用した飛行試験で満足する結果が得られたため、当局は当機にDI(Двухместный истребитель: 複座戦闘機の略)−6の名称を与えて量産を指示した。ところが量産型に搭載するM−25エンジン の製造供給の遅れから量産はもたつき、部隊に量産型が配備開始されたのは1937年半ばになって のことであった。
 1938年に満州国境での対日本軍戦闘が初陣となった当機だったが、すでに複葉戦闘機の時代は 終焉を迎えており、その後の対フィンランド戦(冬戦争)や第二次大戦初期には、少数が地上攻撃機 へ改修された機体として戦場へ投入されている。しかし時代遅れの感は否めず、すぐに第一線を退い た。大半の機体は主脚を固定脚に改修し、複操縦装置を持つ高等練習機に改造されている。

機体詳細データ(DI−6)
全長 6.87m全高 3.20m
全幅9.94m(上翼)/7.43m(下翼)翼面積25.16m2
自重1,360kg最大重量2,033kg
最高速度372km/h上昇限度7,700m
航続距離550km巡航速度313km/h
発動機シュベツォフ M-25 空冷星形9気筒 700馬力×1基
乗員数 2名総生産機数200機程度
武装7.62mm機銃×3(前方固定2、後方旋回1)、軽爆弾40kg(10kg×4)の搭載可能
主要タイプ TsKB-11:中央設計局で開発された原型機。ライト「サイクロン」エンジン(720hp)搭載
TsKB-11Sh:原型2号機に翼下機関銃パック(7.62mm×4)の増設と操縦席装甲化を施した地上攻撃型原型
DI-6:TsKB-11に準ずる複座戦闘機型の量産型。M-25エンジン搭載
DI-6Sh:TsKB-11Shに準ずる地上攻撃機型の量産型。M-25エンジン搭載。新造機は20機程度
DI-6bis:M-25Vエンジン(750hp)を搭載し、固定脚に改造された高等練習機型の呼称