バッヘム Ba349ナッター試作迎撃機

Bachem Ba349 "Natter"

ドイツ空軍

Ba349
戦後連合軍に押収されたBa349A

 第二次大戦末期、ドイツ本国は連日連夜行われる連合軍の猛爆撃にさらされる状況となっていた。ドイツ空軍の 多種多様な戦闘機が迎撃任務に従事していたが、特に重要な戦略施設(発電ダムや軍需工場など)は確実に防衛し なければならないため、それら施設を防衛するための迎撃機を航空機メーカー各社が提案した。
 敵爆撃機の飛行高度まで短時間で上昇できる高い上昇率、短縮された発進時間、強力な火力など厳しい条件が求 められる拠点防衛用迎撃機として、メッサーシュミット社の Me163などの配備が急がれたが、フィー ゼラー社の技術者であったエーリッヒ・バッヘム[Erich Bachem]が提案した機体は、さらに一歩進んだ『使い捨て』の 有人迎撃ミサイル機であった。
 彼の提案した機体BP20(社内呼称)は重要な戦略物資の使用を極限まで制限し、木製構造(外皮も合板接着)の 機体にヴァルター薬液ロケットを搭載、垂直に立てられたレールからロケット噴射で飛び出し、地上からの無線による 誘導に従って敵爆撃機の下方向から急速に接近、機首に搭載した無誘導ロケット弾を一斉発射して攻撃を行うものであ った。瓶のような胴体に短い主翼と十字尾翼をくっつけた不格好な機体で、操縦士は微妙な方向の修正・維持と攻撃時 の引き金を引くだけの役目しか負ってなかったが、日本軍の特攻機と異なりパイロットは攻撃後に脱出、燃料切れとな った機体もパラシュート降下させ貴重なエンジンを回収できるよう考慮されていた。
 1944年8月に設計が完了した機体はBa349の名称(愛称「ナッター」はナミヘビ科の毒蛇を指す独語)とし て採用され、同年10月から生産開始、翌月には 滑空試験(He111に曳航された機体を上空で 切り離し滑空させる)が始まるという超スピード開発が行われた。初の有人による地上発射試験は1945年3月1日 に実施されたが、高度500メートルから墜落しパイロットは死亡した。それでも同年4月には10機の生産型がドイ ツ南部のキルヒハイム・ウンター・テク[Kirchheim unter Teck]近郊に配備されている。ただし終戦まで実戦参加の機 会はなかったと言われている(異説あり)。

機体詳細データ(Ba349A:一部数値は推定値)
全長 6.02m全高 2.26m
全幅 3.61m翼面積 4.65m2
自重 880kg最大重量2,232kg
最高速度1,000km/h上昇限度14,000m
航続時間6分(ロケット噴射時間)巡航速度不明
発動機ヴァルター HWK-509A 薬液混合ロケット 静止推力1,700kg×1基
(離昇時用の補助推力として109-533固形燃料ロケット(静止推力1,200kg)×4基)
乗員数1名総生産機数36機程度
武装73mm無誘導ロケット×24もしくは55mm無誘導ロケット×33(機首部)
主要タイプ BP20:原型となる機体の社内呼称
Ba349A:量産型呼称
Ba349B:推力を強化したHWK509Cロケットを搭載した改良型。計画のみ(ごく少数機製作説あり)