ノースアメリカン B−25ミッチェル爆撃機

North American B-25 "Mitchell"

合衆国陸軍航空隊 他

B-25G
B−25G(B−25Cからの改造型:機首下の大きなくぼみが75mm砲の砲口)

 世界情勢の急速な悪化に伴い米陸軍は1938年9月にルーズベルト大統領が要求した陸軍航空隊の大拡張計 画に促され、当時ノースアメリカン社の自己資本で設計が進められていたNA−40を急遽B−25として採用、 184機の生産契約を結んだ。
 この初期生産型機は飛行実験の結果方向安定性が著しく欠如していることが判明しているが、改修が行われエ ンジンナセル外側の主翼上反角を無くしたことで、その欠点は無くなっている。ヨーロッパでの戦闘経験から防 弾改修を受けた機体(B−25A)が納入され、初期のヨーロッパ戦線や太平洋沿岸での哨戒活動などに従事し ている。
 B−25で最も有名かつ無謀な作戦とも言えるのが1942年4月の日本本土爆撃であろう。ジェームス・H ・ドゥーリトル中佐を司令官とするこの爆撃部隊はB−25B型16機を航空母艦 「ホーネット」に搭載、航 空母艦に搭載することを前提としていない機体サイズのため航海中は甲板に露天係止され、出撃に際しては主翼 の一部を舷側からはみ出させたまま甲板の端ぎりぎりまでを使用して飛び立ったB−25の編隊は日本本土を低 空爆撃した後(もちろんサイズの問題から航空母艦へ帰投できるはずも無かったため)大陸方面へ逃れるという 奇想天外な作戦を行い、大半が墜落または不時着したもののほとんどの乗員は中国・ソ連の手助けにより生還し ている。
 B−25の生産タイプには他にも爆弾と燃料の搭載量を増やしたB−25CおよびD型、機首に75ミリ砲を 装備したB−25G型、G型を改修したB−25H型、H型から75ミリ砲を降ろしたB−25J型などが生産 されている。また大戦中にはイギリスやカナダなどにも供与され、戦後も中南米諸国などで使用されている。
 ちなみに愛称である「ミッチェル」は第一次大戦後に空軍の独立や戦略爆撃論を提唱した米陸軍退役将軍のウ ィリアム・ミッチェル(William Mitchell)から取ったもので、米軍機では唯一の人名愛称となっている。

機体詳細データ(B−25J)
全長16.13m全高 4.98m
全幅20.60m翼面積56.67m2
自重8,840kg最大重量15,900kg
最高速度438km/h(高度4,000m)上昇限度7,500m
航続距離2,200km巡航速度370km/h
発動機ライト R-2600-92「サイクロン」空冷星形9気筒 1,700馬力×2基
乗員数 5〜6名総生産機数9,550機以上(9,984機説あり)
武装12.7mm機銃×12、5inchロケット弾×8、爆弾最大6,000lb(2,721kg)
主要タイプ NA-40:自己資金による原型機。R-1830-56エンジン搭載
NA-42:搭載エンジンをGR-2600-A71に変更した原型機
B-25:最初の生産型。R-2600-9エンジン(1,700hp)搭載
B-25A:自動漏り止めタンクと操縦席装甲を採用したモデル
B-25B:背面と腹部に動力銃座を搭載したモデル。一部は海外へ供与
B-25C:R-2600-13エンジン搭載。主翼下に爆弾架を追加装備したモデル
B-25D:C型に良く似た機体。ダラス工場にて生産。細部に変更有り
XB-25E:主翼前縁に熱空気防氷装置を搭載した試験機
XB-25F:主翼前縁に電熱式防氷装置を搭載した試験機
B-25G:75mm砲×1、12.7mm機銃×6を搭載する対艦攻撃型
B-25H:75mm砲×1、12.7mm機銃×14〜18を搭載する対艦攻撃型
B-25J:最終生産型。R-2600-92エンジン搭載。12.7mm機銃×12
F-10:カメラを装備して偵察機に改修したB-25Dの呼称
AT-24:各モデルから改修された高等練習機型の呼称。後にTB-25と改称
ZB-25:戦後、汎用機や幹部輸送機に改修された機体の呼称。CB-25もある
Mitchell Mk.I:英国へ供与された機体の英軍呼称。B-25B相当
Mitchell Mk.II:英国へ供与された機体の英国呼称。B-25CまたはD相当
Mitchell Mk.III:英国へ供与された機体の英国呼称。B-25J相当
PBJ-1:米海軍および海兵隊向けの機体。複数の形式があるが装備等は陸軍同タイプに準ずる