アラド Ar80試作戦闘機

Arado Ar80

ドイツ空軍

Ar80V2
Ar80試作戦闘機原型2号機(Ar80V2)

 1934年(資料によっては33年とする説もある。どの時点(ナチス政権が再軍備・空軍拡大を決めた時期 (33年初頭)や航空省が機体開発の方針を定めた時期(33年中盤)、もしくは新型機の試作機が発注された 時期(34年5月)など)を基準にするかで異なっているようだ)にドイツ航空省は「ユモ」210エンジンを 搭載する単発単座単葉戦闘機の要求仕様書を発行し、航空機メーカー各社(アラド、フォッケウルフ、ハインケ ル、メッサーシュミットの4社)は試作機開発に着手した。
 アラド社はモノコック構造機体の設計経験が浅かったため、胴体設計に手間取ったが1935年に原型1号機 を完成させることができた。鋼管構造の胴体に前部はアルミ板張り、後部は布張りで、主翼は主脚を短くするた めに逆ガル状に折れ曲がったものであった。また主脚はオレオ緩衝装置付きの引き込み脚で、尾輪も引き込み式 であった。原型1号機には「ユモ」210エンジンが間に合わなかったため、英ロールスロイス社のケストレル エンジンが搭載されることになった。
 原型機製造中から機体の重量が過多であることは技術陣から指摘されていたが、搭載するエンジンが「ユモ」 よりも非力なケストレルとなったため、原型1号機の運動性は悪く、原型2号機には出力を強化したケストレル エンジンが搭載されることになった。またオレオ緩衝装置の信頼性が低く引き込み脚の故障が多発したため、主 脚はスパッツ付きの固定脚に変更された。
 ようやく完成した「ユモ」210エンジンを搭載した原型2号機で36年に行われた他社機との競争審査に臨んだが、 すでに航空省ではハインケル社機(He112) とメッサーシュミット機(Bf109)の 2機に絞り込んでいたため、それらより劣っていたAr80は短期間の試験のみでふるい落とされてしまった。

機体詳細データ(Ar80(一部計画値)【 】内は原型機V2のデータ)
全長10.30m全高 2.65m
全幅10.88m翼面積21.00m2
自重1,642kg最大重量2,120kg
最高速度425km/h【410km/h】上昇限度10,000m
航続距離800km巡航速度不明
発動機ユンカース「ユモ」210C 液冷V型12気筒 695馬力×1基
【ロールスロイス「ケストレル」V 液冷V型12気筒 695馬力×1基】
乗員数 1名総生産機数 3機
武装7.92mm機銃×2(前方固定)、20mm機関砲×1(プロペラ軸)
主要タイプ Ar80V1:原型1号機。ケストレルVIエンジン(525hp)搭載。引き込み脚、7.92mm機銃×2
Ar80V2:原型2号機。ケストレルVエンジン(695hp)搭載。固定脚
Ar80V3:原型3号機。「ユモ」210Cエンジン搭載。逆ガル翼を廃止。テストベッド機として使用