アラド Ar232タオゼントフュースラー輸送機

Arado Ar232 "Tausendfüßler"

ドイツ空軍

Ar232

Ar232B-0
ドイツ空軍のAr232(上段はおそらくA型原型機/下段はB−0型)

 1930年代末にドイツ航空省は旧式化していたJu52/3m輸送機の 後継機を開発することにし、航空メーカー各社に設計案作成を指示した。アラド社とヘンシェル社には 「後方ゲートから貨物の搭載が可能で、BMW801エンジン2基を装備した機体案」の指示が出され、 設計案審査の結果、1940年にアラド社へ試作機の発注が行われた。
 アラド社では胴体後部にゲートハッチ兼用の傾斜ランプを持った機体を設計した。また当機の大きな 特徴として不整地への強行着陸を補助するための小型車輪が挙げられ、通常使用する大きな3車輪式降 着装置以外に、胴体下部に11組の小型車輪が装備されている。
 当初予定された強力なBMW801エンジンがFw190戦闘機に 優先使用されるようになったため、1941年に1,000馬力級のブラモ323へ搭載エンジンが変 更され予定よりも出力が低くなった。そのため所定の能力を発揮するためにエンジンは倍の4基へ増や されることになった(原型3号機から4発機へ変更)。4基に増えたエンジンは双発の時よりも余力の ある出力と信頼性(双発ではエンジン1基が故障すると出力は半減するが、4発であれば4分の1減で 済む)を与えることになった。また、原型1号機の試験飛行で主脚が折れる事故が起こったが、強行着 陸を補助するための小型車輪があったため機体は破損を免れ、この小型車輪の有効性を証明することも できた。
 原型機および生産前機の試験飛行で優秀な能力を発揮した当機であったが、戦況がドイツ不利に傾き つつあった状況で、輸送機の生産計画は優先順位を下げられ、量産化されることなく終わっている。な お、終戦時に英軍へ接収された生産前機の一部は、戦後占領下のドイツへ補給物資を運ぶため英国空軍 により運航されている。
 ちなみに当機の愛称である「タオゼントフュースラー」はドイツ語でムカデやヤスデのような多足類 を指し、多数の小型車輪を持つ当機の特徴をよく表したものであると言えよう。

機体詳細データ(Ar232B−0)
全長23.52m全高 5.69m
全幅33.50m翼面積142.60m2
自重12,780kg最大重量21,150kg
最高速度308km/h(高度4,000m)上昇限度6,900m
航続距離1,050km(貨物4.5t搭載時)巡航速度288km/h
発動機BMW 「ブラモ」323R-2ファフニール 空冷星形9気筒 1,200馬力×4基
乗員数 4名総生産機数20機程度
武装13mm機銃×2〜3(機首1、後部1〜2)、15mm機銃または20mm機関砲×1(胴体背部銃座)、
また7.92mm機銃複数を胴体側面窓から使用可能
主要タイプ Ar232V1:BMW801A/Bエンジン(1,600hp)×2搭載の原型1号機。2号機も同様
Ar232V3:BMW323R2エンジン(1,200hp)×4搭載の原型3号機。4号機も同様
Ar232A-0:原型1、2号機に準ずる生産前機。生産されず
Ar232B-0:原型3、4号機に準ずる生産前機(10機程度)
Ar232C:主翼を木金混合構造とした戦時省力化モデルの名称。後にAr432と改称
Ar432:戦時省力化モデルの改称後名称。製作されず
Ar532:機体拡大型6発機の計画。同様のAr632もある。計画のみ