転進による不敗態勢

最前線の死闘戦

 ガダルカナル島に、決死の護送船団によって上陸した皇軍挺身部隊は、海軍特別陸戦隊と共に最前線基地の守りについた。
 ここでは、敵は米軍のみではなかった。天候にも悩まされなければならなかった。必ず二日に一度は猛烈な豪雨が来た。南海の艦上生活ではスコールはまさに慈雨であった。しかし、この島では、雨は将兵の大敵となって非常に悩ますのであった。
 雨は壕の中に遠慮会釈もなく流れ込み、赤土色の雨水は胸のあたりまで溜まる、将兵は幾日もその水の中につかっていた。地上に出るとボーイングが頭の上をうろついていて盲爆するからである。
 食料も充分でなかった。一粒の米も手に入らぬ日が続く。草の根や、檳榔樹(びんろうじゅ・熱帯特有の樹木、別名「びろう」)の芽を食い、蔓から滴る水で命を繋ぎながら任務を遂行しなければならなかった。天候、飢餓−この二つながらを克服し常に敢然として闘い続けたのである。
 海では、わが艦船は危機を冒して弾薬糧秣の補給と、補充員の海上輸送に任じた。南太平洋戦線における帝国陸、海軍は渾然一体となって戦った。
 密林と、雨と、食糧難に耐えつつ、ガダルカナル島の挺身部隊は米国の陸、海兵五万の大群を半年におよんで圧迫し、翻弄し、その心臓を寒からしめ、多大の損害を与えたのである。
 この逞しき闘魂こそ、敵陣営を震撼せしめ、敵米国従軍記者でさえ日本軍の勇武を絶賛せねばならなかったのだ。英首相チャーチルをして、
 「日本軍真に恐るべし、この世界で最後に残るもの、それは日本軍である」と、三嘆せしめたのは真に故なきではない。
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堂々たる転進

 弾薬、糧食の乏しきに堪えて挺身部隊が敢然と闘い続けているとき、後方間近には主力部隊を擁する堂々たる陣地が完成しつつあった。
 かくて、挺身部隊にガダルカナル島から転進せよという命令が伝達された。しかし、敵が動かざる航空母艦と称し、航空基地と、近代兵器を装備したこの島から転進する挺身部隊を船に乗せて他へ出撃せしめることは極めて困難な作戦であった。
 だが−この転進はその敵前において堂々と行われた。敵はわが威力に圧倒されて追撃すらなし得ず、敵軍の目前でわが軍は一兵をも損せず転進したのである。
 大本営の発表は次の如くである。
 大本営発表(昭和十八年二月九日十九時)
 一、南太平洋方面帝国陸海軍部隊は昨年夏以来有力なる一部をして遠く挺進せしめ、敵の強靱なる反攻を索制破砕しつつ、その掩護下に「ニューギニア島」及び「ソロモン」群島の各要線に戦略的根拠を設定中のところ既に概ねこれを完了し、ここに新作戦遂行の基礎を確立せり
 二、右掩護部隊として「ニューギニア島」の「ブナ」付近に挺進せる部隊は寡兵克く敵の執拗なる反撃を撃攘しつつありしがその任務を修了せしにより、一月下旬陣地を撤し他に転進せしめられたり
 同じく掩護部隊として「ソロモン」群島の「ガダルカナル」島に作戦中の部隊は昨年八月以降引き続き上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し、激戦敢闘克く敵船力を撃推しつつありしが、その目的を達成せるにより二月上旬同島を撤し他に転進せしめたり
 われは終始敵に強圧を加えこれを慴伏せしめたる結果、両方面とも掩護部隊の転進は極めて静粛確実に行われたり
 三、現在までに判明せる戦果及びわが軍の損害は既に発表せるものを除き左の如し
 (一)敵に与えたる損害、人員二五〇〇〇以上、飛行機撃墜破二三〇機以上、火砲破壊三〇門以上、戦車破壊炎上二五両以上
 (二)我が方の損害、人員戦史及び戦病死一六七三四名、飛行機自爆及び未帰還一三九機

 この大本営発表により、敵司令部は始めてわが部隊の転進を知った。
 またこの転進により、ソロモン方面を連ねてわが堅陣は全く完備した。
 昨年第一次ソロモン海戦以来、幾多の海戦において、さらに、近くはレンネル島沖並びにイサベル島沖の両海戦において、わが海軍の収めた大戦果の陰に、この両陣地を死守敢闘した挺進部隊の誘導作戦があったことを強く銘記すべきである。
 しかも、敵はわれに数十倍する戦略優位にもかかわらず損害は甚大である。
 ガダルカナル島やブナの空と、地上と、水域において華と散った尊き人柱に対して、今こそ一億の感謝の祈りを捧げねばならぬ。
 この転進により、ガダルカナル島の敵兵は文字通りソロモン海の孤児となった。彼らの頭上にわが航空部隊の猛烈な爆弾の雨が降り注ぐ。弾薬、糧食を輸送する敵の艦艇はわが海軍部隊の好餌であり、次々とソロモン海に沈められてゆくよりほかはないのである。
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南太平洋の新戦果

 昨年夏以来、ソロモン諸島及びニューギニア方面海域に跨る諸海戦は、まさしく、日米海軍の死闘決戦であった。
 戦前、世界の海軍評論家の多くは、日米海軍戦うとも容易に決勝の機会に恵まれず、長期にわたる海上の対峙があると論断していたのである。
 しかし、開戦第一日における壮烈なるハワイの海戦に次いで、帝国海軍は南太平洋に新たなる決戦場を見出し、残存せる米海軍兵力の多くを撃破せる偉勲は万古青史を貫くものである。
 第一次、第二次ソロモン海戦、サボ島沖の海戦、南太平洋海戦、第三次ソロモン海戦、ルンガ沖夜戦、レンネル島沖、イサベル島沖の七海戦において敵艦艇の撃沈破百四十隻、敵機の撃墜破実に千三百十一機、船舶撃沈破四十一隻という大戦果を挙げているが、これらの海戦の外に絶え間なく行われた小戦闘における戦果と損害は、左の如く発表された。
 大本営発表(昭和十八年二月十三日十七時)
 帝国海軍部隊昨年八月七日以降本年二月七日までにソロモン群島及びニューギニア島方面において収めたる未発表の戦果並びに我が方の損害左の如し
    戦   果
 一、 艦 艇     撃沈    撃破     計
    駆逐艦      〇     三     三
    潜水艦      四     四     八
    魚雷艇      三     〇     三
    哨戒艇      一     一     二
     計       八     八    一六
            撃墜    撃破     計
 二、 飛行機    二〇五    三二   二三七
            撃沈    撃破     計
 三、 船 舶      八     二    一〇

    損   害
 一、 艦 艇     沈没   大中破     計
    巡洋艦      〇     一     一
    駆逐艦      三     〇     三
    潜水艦      三     四     七
    哨戒艇      一     一     二
     計       七     六    一三
          自爆及未帰還  大破     計
 二、 飛行機    二一五   一一四   三二九
            沈没   大中破     計
 三、 船 舶      五     五    一〇

 従来、大本営から発表漏れとなっていた物のみでかくの如き大戦果を挙げているのである。
 敵米英が、如何に持てる国と誇り、天文学的数字を誇示してても、この戦果の数字から決定される戦力の大消耗をいかにして補充するか、敵首脳者の悲嘆と苦悩はその豪語に似ず著しいのである。
 所詮以来の大敗に色を失った敵首脳者たちは、惨憺たるこの敗戦に対処するために盛んに逆宣伝を試み、一方では国民にその損害の真相をひた隠しに隠している。彼らが最も恐れているものは、現実の暴露である。しかも事実の損害は高まるのみである。損害の数字は消すことが出来ようが、今や隠蔽の余地もないのである。
 されば、彼らはあらゆる空虚な揚言をして、国民の気力を奮い立たせようと試みなければならなかった。造りごとには破綻がつきものである。
 ルーズベルトは、リンカーン記念日にラジオ放送で、
 「われらの目的は太平洋を島から島へ攻め上り、同時に支那から日本人を駆逐して最後に日本を打破することである」
 と、いっていると思うと、海相ノックスは、
 「太平洋の島を一づつ奪回して、東京へ攻め上るなどは考えていない」
 と、言い、両者全くちぐはぐな発表をしている。
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