第三次ソロモン海戦

ガダルカナルへの補給

 アメリカ海軍記念日に対する多分に政略的な含みがあったとはいえ、事前に鳴り物入りの予告までして、決戦を挑んだくらいだから、アメリカとしては南太平洋海戦の出撃には非常な自信があったのだろう。現に海戦の行われている真最中に、
 「アメリカ海軍が勝つならば、戦争のアメリカの勝利の道は極めて迅速に進むだろう。この戦いこそは太平洋の関ヶ原とも称せらるべきものである」
 という意味の放送まで行っていた程だ。
 自ら称したその合戦にまたもや惨憺たる敗北を喫しながらアメリカは、それでも引き退るどころか、依然としてソロモンに対する出撃を続けようと企画した。南太平洋海戦の敗北の痛手が大きければ大きい程、アメリカとしては、もはや退くに退けない立場に追いつめられたのだ。今更退いてはアメリカ海軍に対する国民の信頼が根底からくつがえるであろう。その存立そのものが危殆に瀕する以上、如何なる犠牲も今や意に介することができないのだった。更に敵になお勝利への希望を抱かせたのはガダルカナルの飛行場を足場とする制空権を持っていることだった。そしてその飛行場に揃った飛行機の圧倒的な数であったろう。
 又、南太平洋海戦から、同時にガダルカナルに於いては激烈な陸上戦闘も継続していた。海兵部隊に対する増援補給は一日を争う急務だった。
 かくして南太平洋海戦後約半月にして実に彼我主力艦同士が開戦以来はじめて相見えた第三次ソロモン海戦の展開となったのである。
 敵は既になけなしの虎の子とも言うべき主力艦を持って来なければならなかった。第一次ソロモン海戦以来もはや補助艦艇は殆どソロモンの海底に眠らされていたのである。
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ソロモン諸島近海図

ああ、我が戦艦喪失

 十一月十二日、敵有力艦隊が輸送船団を護衛して北上、進路をソロモンにとりつつあることを我が哨戒機が発見した。性懲りもなき出撃である。敵艦隊発見の詳報が次々に入るや我が○○基地航空部隊は思わず快哉を叫んだのだ。
 「飛んで火にいる夏の虫だ…」
 と、既に敵艦隊を呑んでしまっている頼もしい士気である。
 「徹底的にやっつけるのだ!」
 という固い決意があるのみだった。
 まず雷撃機隊、続いて戦闘機隊も次々に離陸する。基地上空一杯に轟然たる爆音をみなぎらして編隊を整えるや、厚い積乱雲に被われたソロモン群島をめがけて突進する。敵船団を発見したと思った瞬間、遙か下方でパッパッと敵防空砲火の白煙が散乱した。とみる間に、第一次海戦以来既になじみの深いグラマンをはじめP39、P40などの敵戦闘機が、六機、五機、三機と挑みかかってきた。P39やP40にくらべるとグラマン戦闘機はなかなか優秀だが、所詮、わが戦闘機の敵ではない。その実力の差をよく知っている敵は高く雲間にかくれて奇襲戦法に出てくるのだ。しかし我が戦闘機隊はそれをよく承知しているので巧みに捕捉する。秘術を尽くした空中戦約二十五分間で敵戦闘機十九機を撃墜してしまったのである。この間我が雷撃機隊も、猛烈な防空砲火を衝いて正確な雷撃を敢行していた。死に物狂いで撃ち上げてくる弾幕はまるで厚い壁のように行く手をさえぎるのだ。敵艦の主砲副砲も一斉に砲撃を開始しての防戦だ。その中を我が雷撃機は鮮やかな編隊のまま敵艦めがけて突き進み、雷撃進路に入るや○○メートルの低空で突っ込んでゆく。
 早くも先頭の敵甲巡の胴体から、マストの二、三倍もある水柱がサッと上り猛炎を吹き上げた。間髪を入れぬ見事な轟沈だ。そのとき一機が両翼を大きく降ったと見えた瞬間パッと火達磨となって敵乙巡めがけて自爆したのであった。それと殆ど同時に僚機の放った魚雷がこの乙巡の胴体に命中、二、三百メートルの水柱がザアッと上がった。
 別の一機が、左翼を上げて右下方に旋回すると、そのまま敵駆逐艦の甲板めがけて真一文字に突っ込んでいった。敵輸送船団も次々に火炎に包まれていく。既に戦を挑んでくる敵戦闘機を一機も残さず撃墜してしまった戦闘機隊が、たまりかねたように、急降下しながら機銃掃射を行った。敵乙巡の甲板では顔を覆って倒れていく敵兵の姿が見える。黒煙に包まれ既に大傾斜した敵船、油と浮遊物の漂う中ただ徒に逃げ回る輸送船もいる。
 かくして、轟沈新型巡洋艦一隻、撃沈乙巡一隻、輸送船三隻を大破炎上せしめ、敵機一九機を撃墜する赫々たる戦果を挙げて基地に帰還したのだった。
 この夜、航空部隊の攻撃に引き続き、凄絶な水上艦隊の夜襲戦が展開された。約三ヶ月前の第一次ソロモン海戦に於いて行われた海戦史空前の巡洋艦(前出の記事「第一次ソロモン海戦」には『巡洋艦』による突入とは一言も出てこない。せっかく○○艦と伏せ字にしていたのに、ここで巡洋艦とバラしてしまっては意味がないのでは?(笑))による『殴り込み』夜襲のすさまじさにも劣らずこの夜は戦艦が率先突入したのであった。夜戦の伝統−帝国海軍の、この輝く伝統精神の発揮である。そして我が水上部隊の中核として、補助艦艇を自自由在に活躍せしめたのみならず、その巨砲の威力を遺憾なく発揮し、次から次へと敵艦の胴ッ腹を抉ったのであった。
 夜半に至って敵艦隊に大打撃を与えた我が戦艦を主力とする水上艦隊は戦場を去ったのだが、払暁にいたり、敵機の群がり寄る襲撃を受け、不幸大破し、遂に沈没するに至った。
 開戦以来はじめて我が戦艦を失ったのである、この事実は近代海戦に於ける航空機の重要性を示唆するものとして特に記憶さるべきだ。また、この日の航空部隊及び水上艦隊の昼夜を通じての果敢な攻撃によって敵新型巡洋艦の合計三隻を轟沈しているのだが、これは防空巡洋艦とも言われる六千トン級の最新鋭で、それが相当多数ソロモンに出現してきたのである。
 この事実は、敵が喪失した艦艇補充に必死の努力を続け、想像以上に建艦が進捗していることを物語るものとして見逃し得ない。
 十四日我が大本営はこの二日間の戦果を次の如く発表した。

 大本営発表(昭和十七年十一月十四日十七時三十分)
 帝国海軍航空部隊は十一月十二日昼間ソロモン群島ガダルカナル島所在敵艦艇、輸送船に対し攻撃を敢行、次いで同日夜半我が有力な攻撃部隊は之に肉薄突入し所在敵艦艇船舶の大半を撃破、なお熾烈なる戦闘継続中なり。現在までに判明せる戦果左の如し
 一 昼間航空部隊の戦果
 (撃 沈)   新型巡洋艦   一隻(轟沈)
         乙型巡洋艦   一隻
 (大破炎上)  輸 送 船   三隻
 (撃 墜)   飛 行 機  十九機
 二 夜間攻撃部隊の戦果
 (撃 沈)   新型巡洋艦   二隻(轟沈)
         大型巡洋艦   二隻
         駆 逐 艦   一隻
 (大 破)   巡 洋 艦   二隻
 三 我方の損害
         戦   艦   一隻 大破
         駆 逐 艦   二隻 沈没
         飛行機十数機未帰還

 この発表当時はまだ大破語に戦艦が沈没したことは確認されていなかったが、やがて正式に確認されるや艦齢外のものとはいえ、初めて戦艦を失ったことに対する海軍将兵の痛憤は想像に余るものがあった。
 (史実では次の通り=ガダルカナルへの補給のため日米双方が輸送船団を派遣したが、米軍の輸送船団が先にガ島へ到着した。そこで待ちかまえていた日本海軍航空隊は輸送船団へ攻撃を実施。米軍の指揮官ターナー少将は輸送船団を待避させ、日本艦隊を待ち受けるためにキャラガン少将が率いる巡洋艦5、駆逐艦8からなる戦隊をガ島近海へ分派したのである。日本海軍は阿部中将率いる戦艦2、巡洋艦1、駆逐艦14の部隊がガ島へ急行したが、この部隊はガ島のアメリカ軍飛行場を砲撃する任務を帯びていたため、対艦船用の徹甲弾を充分に搭載していなかった。最初に接触を果たしたのは先方をつとめる両軍の駆逐艦同士であったが、両方とも敵を発見するや転舵を行い、米軍側は味方駆逐艦の転舵の意味が分からず混乱を生じた。日本側は米艦隊に向けて砲撃を開始したが、装填されていた砲弾が飛行場砲撃のための三式弾で、米艦を撃沈するには至らなかった。ただし、米軍部隊の軽巡「アトランタ」艦橋に三式弾の直撃があり、司令次席であるスコット少将をはじめとする部隊司令部は全滅している。この戦闘では米軍側は駆逐艦一隻以外の全艦に損害を受け、キャラガン少将も戦死したが、日本艦隊も戦艦「比叡」が大きな損害を受けたため後退した。そのため米軍側の当初の目的である日本部隊のガ島砲撃を阻止することは達成できたのである。)
 (両軍の主な損害は次の通り。日本軍=戦艦「比叡」:大破ののち自沈、駆逐艦「夕立」「暁」:沈没、駆逐艦「村雨」「天津風」:大破。米軍=軽巡「アトランタ」・駆逐艦「カッシン」「ラフェイ」「バートン」「モンセン」:沈没、重巡「サンフランシスコ」「ポートランド」・軽巡「ジュノー」・駆逐艦3:大破。なお、戦線を離脱した軽巡「ジュノー」は翌朝に日本海軍潜水艦イ−26の雷撃を受け轟沈した。)
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彼我、戦艦相撃つ

 十二日の夜襲戦に引き続き十三日夜間、復仇の意気に燃え立つ我が水上艦隊は再び、ガダルカナル島に接近、同島沖にズラリと並べた艦列から、敵の航空基地に向かって艦砲射撃を敢行した。闇夜のソロモンの海と空をふるわせて我が巨弾の雨はふりそそぐように敵基地に落下した。そのため敵基地は炎々たる劫火に包まれ、飛行場施設の大半は炎上破壊されたのである。既に同夜は敵水上部隊のみるべき反撃はなかった。
 かくて十四日我が攻撃部隊は、輸送船団を護りつつガダルカナル島に向かって一路突進して行った。敵はなおも残存全航空兵力をあげて我が艦隊、輸送船団に向かって必死の反撃、爆撃を加えてきたのである。
 我が艦隊は、この敵航空部隊の死に物狂いの攻撃を押しのけ、はらいのけるようにしつつ、ガダルカナル島に近接を強行、輸送船七隻の大破という犠牲を出しつつも輸送上陸に成功したのである。
 この艦隊輸送船団は敵機の執拗な攻撃の中に言語に絶する悲壮な奮戦を続けたのだが、特に輸送船の壮絶な力闘は海軍将兵に劣らぬものがあった。
 十二日以来の猛攻に次ぐ猛攻に泡を食った敵は、十四日夜にいたり戦艦四隻を基幹とする強力な艦隊を繰り出してきた。
 そして、我が艦隊とサボ島付近に於いて遭遇、ここに開戦以来はじめて彼我戦艦同士が暗夜至近距離に相撃つ悽愴な夜間血戦の展開となった。彼我共に戦艦を基幹とする艦隊のこの夜戦は、日没後より開始され夜半に至ったが、敵戦艦四隻のうち一隻は撃沈、一隻を大破後撃沈ほぼ確実という致命的な打撃を与えた。残る二隻のうち一隻は魚雷をぶち込まれ損傷を受け、しかもその間に補助部隊の殆ど全部を撃沈破されて、二隻とも全く丸裸のまま倉皇として遁走したのであった。
 この海戦に於いて、敵駆逐艦七隻を撃沈、撃破し去った我が駆逐艦に乗り組み、壮烈な海戦に参加した○○主計中尉は、当時の状況を次の如く報告している。

 十一月○○日、わが帝国海軍艦艇はガダルカナル島砲撃に挺身して行ったのである。その夜は、霧がいっぱいかかり、視界は非常に悪かった。
 その霧の真っ只中に、わが艨艟は突き進んでいく。
 今、自分の艦がどこをどう動いているのかはっきり掴めない。島が見えないから地点の入れようがないのである。
 サボ島近海までは突っ込んでいったが、そこからはどうしても入れない。仕様がない。反転してまたやり直そうと思った途端、天佑というべきであろうか、一天からりと晴れ渡って非常に好い天気になってきた。そこでこのまま多少時間は遅れたが突っ込んで行った。
 そのとき飛行機が一機飛んできた。こいつは敵であろうか味方であろうかと見ていると、バラバラと吊光筒弾を落としてきた。と同時に前に進んでいた艦が一斉にワーッと火を吹いた。
 その時から、我が方と敵の大砲撃戦が始まった。敵は大艦隊をもってガダルカナルに砲列を布いて待っていた。そこへ我が方が堂々と突っ込んだのである。
 何千何百と数知れぬ弾が両方から飛ぶ。赤、青、緑、橙、黄の光の矢が飛んでくる。とにかく無数の光の矢だ。しかも機銃か何か判らないが、遠くから見ていると弾がパッパッパッと一つ一つ見えてくる。自分の乗っている艇は一番後にいた。突っ込んで行けばこっちも当たるので、少し速力を落として見ておった。
 その時である。見張員が「右○○度敵駆逐艦」と叫んだ。敵の駆逐艦と分かればすぐ射つのだが、もう既に敵味方入り乱れている。このとき、艦長は非常に大事を取られて、
 「味方ではないか」
 と言われた。水雷長、通信兵がよくよく眼鏡で見ると、正しく敵だ。
 「確かに敵です」
 そこで、
 「右砲戦」
 「射ち方始め」
 という命令が出た。
 全弾命中、間もなく敵駆逐艦は、たちまち火を吹いてグーッとそのまま沈没してしまった。見事な轟沈である。
 すると、他の敵駆逐艦が今度は左から出てきた。
 「左砲戦」
 それに向かっていると右から出てくる。
 「右砲戦」
 もう敵艦の最後を見届けているひまがないのだ。また左に見える。
 「左砲戦」
 あんまり敵が来るものだから、これはどうもおかしい。照射はしないというのが原則ではあるが、照らして見ようというので、大胆にもサーッと照射すると、やはりアメリカの艦である。と同時にたちまち全弾命中、舞い上がった敵兵がバラバラと落ちるのがよく見える。それほど近距離で射ったのだ。
 その頃から、敵はこっちに向かって雨霰の如く弾を射ってきた。敵も自分たちの乗っている艦に気がついたのだ。しかし、それもしばらくして止んでしまった。
 「右に見えます」
 「左に見えます」それを繰り返すこと実に七回、休む暇もないのである。実際この目で見たところではみな沈んだように思った。しかし、戦果はどういうように発表になったかというと、敵駆逐艦一隻撃沈、三隻大破、三隻中破であった。ナゼ、七隻撃沈にしなかったかと思うくらい少な目の発表をされたのである。
 この、戦闘によって、艦と艦との戦いならば絶対に負けない。特に夜戦には日本は絶対的に強いという確信を得たのである。

 この十二日から十四日夜半にいたる海戦に関し我が大本営は十八日次のように発表した。

 大本営発表(昭和十七年十一月十八日十五時三十分)
 十二日以来戦闘継続中の帝国海軍部隊は十三日夜間ガダルカナル島敵航空基地を猛撃、飛行場及びその施設に大損害を与え、更に翌十四日敵機の猛烈な反撃を排除しつつ味方輸送船団を護送中同日夜間同島西北方に於いて、戦艦二隻大型巡洋艦四隻以上を基幹とする敵増援部隊と遭遇、之と激戦の結果、その補助部隊の大部を壊滅し、戦艦二隻に重大なる損傷を与え之を南方に敗走せしめたり
 現在までに判明せる十二日以来十四日までの総合戦果並びに我が方の損害左の如し
 イタリック部分は実際の日本軍側詳細。
 一、艦 船
  撃 沈
    巡洋艦   八隻(内新型三隻、内五隻轟沈)
    駆逐艦   四隻乃至五隻
    輸送船   一隻
  大 破
    巡洋艦   三隻
    駆逐艦   三隻乃至四隻
    輸送船   三隻
  中 破
    戦 艦   二隻
 二、飛行機
    撃 墜  六十三機
    撃 破  十数機
 三、我が方の損害
    戦 艦   一隻沈没  (戦艦「比叡」)
    同     一隻大破  (戦艦「霧島」(後に沈没))
    巡洋艦   一隻沈没  (重巡「衣笠」)
    駆逐艦   三隻沈没  (駆逐艦「暁」「夕立」「綾波」)
    輸送船   七隻大破  (損害艦:重巡2、軽巡1、駆逐艦6)
    飛行機   三十二機自爆
          九機未帰還
 (註) 十二日以来十四日までの海戦を第三次ソロモン海戦と呼称す

 この後、艦隊よりの詳細な報告をまって、大本営では慎重な調査の結果、更に驚くべき大戦果があったことが判明、28日に至って大本営から次のように発表された。

 大本営発表(昭和十七年十一月二十八日十八時四十五分)
 その後の詳報によれば第三次ソロモン海戦に於いて更に左の戦果を収めありしこと判明せり
 一,十二日夜戦に於いて我が艦隊は敵巡洋艦三隻を撃沈し、駆逐艦三隻を中破せしめたり、なお先に発表せる駆逐艦一隻はこれを削除す
 二,十四日夜戦に於いて我が艦隊は敵戦艦一隻を撃沈し、戦艦一隻を大破(沈没確実)せしめたり、なお先に発表せし敵戦艦中破二隻を一隻に改む
 (註)第三次ソロモン海戦の総合戦果中艦船の部を左の通り改む
 イタリック部分は実際の米軍側損害。
  撃 沈
    戦 艦   二隻    (沈没した戦艦なし)
    巡洋艦   十一隻   (軽巡「アトランタ」「ジュノー」「ヘレナ」)
    駆逐艦   二乃至四隻 (駆逐艦七隻)
    輸送船   一隻    (輸送船については不明)
  大 破
    巡洋艦   三隻    (戦艦「サウスダコダ」、重巡二隻)
    駆逐艦   二乃至四隻 (駆逐艦二隻)
    輸送船   三隻
  中 破
    戦 艦   一隻    (中破以下の大型艦も無し)
    駆逐艦   三隻    (駆逐艦二隻)

 実に、戦艦四隻を含む大艦隊を潰滅した十四日夜戦の詳細については、艦隊司令部幕僚は大要次のように語っているが、彼我戦艦同士がはじめて、しかも夜間至近距離に相射った壮絶な模様と我が方が終始敵を圧倒した輝かしい力戦をよくうかがうことが出来るのである。

 「その夜ソロモン群島付近の会場は極めて静穏であった。月があり視界もよく利いたが、時折ソロモン特有のスコールも去来した。我が艦隊は敵を索めて西南に走っていた。午後○○時頃(最初に敵影を発見したのは別働隊の駆逐艦「綾波」で2000時のことである)サボ島北方航行中前方海上に遂に敵影を発見した。大型巡洋艦、駆逐艦からなる有力部隊が我が前方を横切るようにして全速で南下しつつあった(米軍側は2052時に戦艦「ワシントン」が搭載するレーダーが日本艦隊を発見している)。サボ島の西方に傾いていた五日月がはっきりとその姿を我々に教えてくれたのだ。我が○○戦隊(これは第三水雷戦隊司令橋本信太郎少将が指揮する掃討隊で軽巡「川内」を旗艦とする。飛行場砲撃の任務を受けた主力部隊とは離れて行動していた)は直ちに敵の追跡に移った。距離○○メートルになった時、初めて敵も我が○○戦隊に気づき、反転するやいきなり攻撃を開始してきた。我が兵力をみくびってか、敵の攻撃は猛烈でその闘志も並々ならぬものを思わせた。我が方は飽くまで満を持して同じく反転して敵をサボ島東方に誘致した。気負った敵は、見事に我が誘導にかかり、サボ島東南側海域に引き出されたのである。ここに彼我補助部隊同士の海戦の火蓋が切られた。
 この戦闘で特に目覚ましい活躍をしたのは○○駆逐艦(駆逐艦「綾波」)であった。敵艦隊がサボ島の東側に入るや、突如同島の西方から全速で敵艦隊の真っ只中に肉薄して行った。正に必殺突撃である。まず敵大型巡洋艦の懐に飛び込んで、雷砲撃を浴びせ見事にこれを撃沈、次いでこれに続く敵駆逐艦を砲撃撃沈、更に逃げかかる他の駆逐艦に猛砲火を浴びせて大破せしめたがこれも間もなく沈没してしまった。即ち一駆逐艦を以て敵巡洋艦一隻、駆逐艦二隻を屠ったのである。正に猛り狂う黒豹とでも言おうか。その俊速を利かしての実に天晴れなものであった。これと呼応して○○戦隊は随所に所在の敵を蹴散らし巡洋艦一隻、駆逐艦二隻を撃沈してその補助部隊を壊滅せしめた。この戦闘に於いて先に奮戦した駆逐艦は壮絶なる最期を遂げた。(実際には「綾波」は駆逐艦「ウォーク」に損害を与えたのみで、米艦隊の集中砲火を受け沈没した。その後到着した直衛隊(第十戦隊司令木村進少将指揮。旗艦は軽巡「長良」)の攻撃により米駆逐艦「ウォーク」「プレストン」を撃沈、「ベンハム」「グウィン」に損害を与えた)  一方我が主力部隊(近藤信竹中将指揮のガ島砲撃部隊。旗艦は戦艦「霧島」)はサボ島東側海域に殷々と轟く砲声を聞きつつ南下中であった。午後○○時頃である(午後10時)。突如我が艦隊の右前方に敵大型艦二隻を発見した。この時既に月は落ちて雨雲は空を覆い視界悪く敵艦の出現は全く突如であった。○キロ全く至近距離だ。一瞬の躊躇なく我が艦及び○○戦隊は直ちに照射砲撃を開始した。探照灯下に照らし出された敵はまぎれもなき戦艦二隻である。我が主砲の猛撃に続いて○○戦隊の砲雷撃が開始された。ここに彼我戦艦が至近距離に於いて真に食うか食われるかの闘いとなったのである。(このとき探照灯照射を行ったのは重巡「愛宕」。両艦隊の距離は6000メートルほどで戦艦の主砲にとっては文字どおり至近距離であった。)
 戦闘開始後六分間で我が先制攻撃の集中弾により最初の敵戦艦の艦橋は見事に吹っ飛び、更に○○戦隊の魚雷数本命中、艦体は大きく右に傾きその上甲板は間もなく海水に洗われ始めた(集中射撃を受け大破した戦艦「サウスダコダ」だったが、日本側が放った魚雷は信管が過敏だったのか全弾命中前に自爆しており船体に命中した魚雷はない)。この頃である。我が艦隊は先の敵戦艦前方から新手の攻撃を受けた。更に敵戦艦二隻が現れたのである。新手の戦艦が一番艦、二番艦であり、最初の敵が三番艦、四番艦という陣容と思われた。全艦隊の士気は益々旺盛であった。むしろ求めても得難い敵戦艦四隻の出現に全艦隊の闘志が一丸となって爆発したといいたい。この時既に艦橋を吹っ飛ばされた敵三番艦は海底深く撃沈され、二番戦艦は我が方の魚雷攻撃により大破のまま暗黒の海上に落伍したのである。
 この時サボ島東側の海戦はようやく終わり敵補助部隊を殲滅し去った我が○○戦隊は主力の決戦場へと駆けつけてきたのだ。サボ島周辺には砲煙が深く立ちこめた。新手の敵戦艦の攻撃は激しかった。殊に攻撃の核心となって激戦奮闘を続けていた我が戦艦への集中攻撃は激烈であった。我が戦艦は新手の集中攻撃にも屈せず満々たる闘志に燃えて闘い続けたが、敵の集中弾を受けやむなく戦線を離脱したのである。先のサボ島東側の海戦に奮戦した○○駆逐艦を黒豹に例えるなら○○戦艦の奮戦は正に黒獅子の猛々しさというべきであろう。(「霧島」に砲撃を行ってきた米戦艦「ワシントン」は最新のレーダーを装備しており、これを利用した命中精度の高い砲撃により「霧島」は戦闘能力を失ったのである)  戦艦離脱によっていっそう奮起した我が補助部隊は既に大破落伍中の二番戦艦には目もくれず、遁走中の一番戦艦へと襲いかかった。既に僚艦を失い、その補助部隊の殆どをすべて潰滅せしめられた敵一番戦艦は裸のまま単身南へ倉皇として逃れかかった。我が快速○○戦隊は直ちにこれを追撃ガダルカナル島西方で攻撃を加え魚雷命中を確認したが惜しくも逸し去った。時に一五日二四時半。
 かくて、○時間内にわたる激烈な夜戦を終わり、再び静穏にかえった海上に落伍せる敵を探し求めたところ、サボ島東南方に敵二番艦と思わるる巨艦が殆ど停止の状態で炎々と燃え上がっているのを発見した。先に大破落伍した敵戦艦の最後の姿であることは間違いなく、転に沖する火炎の中に艦橋と一本煙突が影絵の如く浮かんでいた。
 断末魔の大爆音をきいたのはそれから間もなくであった。
(威勢の良い話になっているが、この時の米艦隊の陣容は戦艦「サウスダコダ」「ワシントン」と駆逐艦「ウォーク」「プレストン」「ベンハム」「グウィン」の計六隻で戦艦二隻を擁するとはいえ大艦隊とは言い難いものであった。しかも大破した戦艦「サウスダコダ」も沈没しておらず、大修理の後に戦線へ復帰した。日本側はガダルカナルへの輸送船団の殆どを十三日の航空機攻撃で失い、ガダルカナルの戦局は連合軍側へ傾いていった。)
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