ルンガ沖夜戦

ルンガ沖地図

輝く戦果

 第一次ソロモン海戦の八月初旬以来第三次ソロモン海戦に至る三ヶ月半、ソロモン海域に於ける四回の海戦と、その間の連続不断の激闘に於いて、帝国海軍の猛攻に撃沈破された敵艦艇は実に百十九隻、飛行機撃墜破八百五十機以上に上ったのである。これだけの大損害にもかかわらずアメリカが次々と出撃を止めず、第三次ソロモン海戦後もガダルカナル島に対する補給のため蠢動を続けていた。
 いかにアメリカがソロモンを重視し、かつ身の程を知らぬ自信を持っていたかが、これによっても想像し得る。そして第三次ソロモン海戦後約半月を経た十一月三十日夜半、再びガダルカナル島岸ルンガ沖に、我が水雷戦隊が伝統に輝く夜間の強襲を敢行した。ルンガ沖夜戦が五度行われたのであった。
 ルンガ沖夜戦は、我が水雷戦隊のみによって圧倒的に優勢な、しかも我が襲撃を予期して戦闘隊形を整えていた戦艦を含む敵有力艦隊の真っ只中に肉薄し奮戦したところに大きな意義があった。
 第三次ソロモン海戦に於いて、彼我主力感動詞が相撃つなかを、縦横に活躍した我が水雷戦隊の伝統の真価をこのルンガ沖夜戦ではいっそう見事に発揮したのである。
 戦艦をはじめ甲巡その他を撃沈あるいは轟沈した壮絶な夜戦の戦況は折からガダルカナル島にあった友軍部隊からも手にとるごとくみられ、陸上部隊からも大本営に対して報告されているのだ。このルンガ沖や線に関する我が大本営の発表は次の通りである。

 大本営発表(昭和十七年十二月三日十七時十五分)
 帝国水雷戦隊は十一月三十日夜間ガダルカナル島ルンガ沖の敵有力部隊に対し強襲を敢行せり。
 その戦果左の如し
  戦艦  一隻撃沈     オーガスタ型巡洋艦  一隻轟沈
  駆逐艦 二隻撃沈     駆逐艦        二隻火災
  我が方の損害
  駆逐艦 一隻沈没
 (註)本夜戦をルンガ沖夜戦と呼称す

(実際には日本側が強襲をかけたのではなく、ガダルカナル島への補給物資を輸送中だった第二水雷戦隊(司令:田中頼三少将)がガダルカナル島ルンガ岬沖で待ちかまえていた米艦隊(第67任務部隊、司令:ライト少将)と遭遇したことにより発生した戦闘である。補給物資をドラム缶に詰めて海上投棄し、ガ島の部隊がそれを引き上げるという俗に言う「ネズミ輸送」を実施していた水雷戦隊は、警戒艦として単独行動していた駆逐艦「高波」の敵艦隊発見の報を受け物資投棄を中止、戦闘を開始したのである。待ちかまえていた米艦隊はレーダーにより日本戦隊の接近を察知していたが、ライト少将の攻撃開始命令が遅れ、最適な攻撃チャンスを逃してしまった。先行していた「高波」は米部隊の集中砲火を受け大破炎上(後に沈没)したが、後続の本隊である駆逐艦七隻は米部隊へ向け魚雷を発射、重巡「ノーザンプトン」撃沈、重巡三隻を大破させる大戦果を挙げた。これは日本海軍最後ともいえる水雷戦の大勝利であった。しかし、本来の任務である物資輸送については戦闘前に物資を放棄してしまったため失敗に終わり、ガ島陸上部隊の困窮は深まるばかりであった。)
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伝統に輝く強襲

 日清戦争の威海衛攻撃以来の、水雷戦隊のみを以てする戦艦撃沈という大戦果に輝くルンガ沖夜戦に於いて、最も壮絶な奮闘をなしたのは駆逐艦○○(駆逐艦「高波」)であった。
 同艦は単身、戦隊に先駆して敵艦隊に突入、敵駆逐艦四隻に大火災を起さしめ(内二隻沈没)自らは遂にソロモン海の華と散ったのだ。沈没後、鱶と敵機の掃射下に奇しくも生還した○○艦の○○長はこの夜戦の詳細を次のように語っている。

 「第○水雷戦隊は○○の任務を帯びて、三十日ガダルカナルに向かって進撃していた。前日の夕刻既に敵哨戒機に発見されたが、敵艦隊は依然としてルンガ沖を去らずに碇泊していることは、艦隊司令部からの無電でわかっていた。おそらく敵艦隊は、我が方を弱小と見て待機しているのだろう。ヨシッ!飛び込んでやっつけるのだ。水雷戦隊のみを以てする肉薄攻撃を敢行するのだ−という悽愴な必殺の闘志が湧き上がってきた。どの艦にも外界と異なる厳しい空気が満ちていた。特に駆逐艦が生命とたのむ魚雷だけは、風雨と潮に汚れた艦内で一点の汚れも止めぬ程に整備と手入れがなされた。全駆逐艦はそれぞれ一本の魚雷に成りきったような気分で突き進んだ。
 灼けただれた太陽が静かに没し、砕ける波が夜光虫に彩られて美しい。
 夜にはいると天候は次第に悪化して時々凄いスコールが襲ってきた。月もない暗黒の海を戦隊は目的地に向かって邁進した。サボ島付近にさしかかるとかなりの低空を哨戒している敵飛行機四機がやってきた。青赤の標識灯がはっきりと見える。敵機も夜光虫に光る航跡から我が戦隊に気が付いたらしい。雲に覆われ星もまばらな、大空を右へ左へと標識灯の尾を引いて敵機は飛び交う。駆逐艦○○は単独先駆していた。敵機の接触をそのままサボ島の南をぬけて、ガダルカナル島の北海付近まで達したとき、敵艦発見の報告が飛んだ。みえる、みえる、ボーッと黒い敵艦影が一隻、二隻、三隻…全部で七隻、なお後続艦もいるらしい。相当のスピードで反航する。みるみる距離が縮まって行くのだ。
 我が艦の○門の砲身がグッと左に旋回する。敵との距離はぐんぐんと縮まった。
 「射撃用意宜しッ!」
 砲術長が発令所で叫んだ。と敵艦からパッと閃光を発し砲撃の火蓋を切った。敵の初弾が空を切って我が頭上を飛び越えた。続いて第二弾、第三弾と矢継ぎ早に弾が唸って飛んでくる。しかし、その瞬間待ちに待った『射撃開始』の命令が下った。○門の主砲が一斉に火を吹く。ピリピリッと艦が震動する。闇の海上にパッと赤い火花が散るや、続いてボーッと火炎が上る。
 「敵二番艦に命中!」
 眼鏡にとりついていた信号長が叫んだと思うと、無念や飛んできた一弾は信号長を倒したのだ。その頃、頭上を飛び回っていた敵機が吊光投弾を投下したので、あたりは真昼のように明るくなった。
 後続の本隊はまだ事態をはっきりと知らないようだ。敵もまた我が本隊がガダルカナルの山陰を負うているので我一隻のみと思ったらしい。一斉に砲撃を集中してきた。みるみる艦の周囲には水柱が巨大な滝のように数限りなく奔騰する。我が主砲はその水柱の合間合間に敵の発砲を見つつ、敵二番艦からはじめて五番艦までを続けざまに射っていった。恐るべき正確さと速さを以てことごとく命中する我が主砲弾である。しかし、敵主砲の集中砲撃を一艦に受けて、我は先ず機雷室に命中弾を受けついで缶室に○発が命中した。無念や艦は既に行動不能の痛手を受けたのだ。そして殆ど停止のまま猛然として砲撃を続けたのだった。
 敵の集中砲撃は物凄かった。弾と弾とがつながるように空中のあらゆる角度から落下してきたのである。その中に曝されながら我は飽くまで屈せず、敵の二、三、四、五番艦の四隻に大火災を生ぜしめたのだ。燃える燃える敵の四艦はさながら、大篝火の様に眼前に燃えている。その火炎の前にスーッと姿を現したものがある。巨大なその艦影先頭は紛れもない巡洋艦だが、その背後に続くのは我々の想像もしなかった巨艦ではないか。戦艦だ! 我々の胸は灼熱した。我が本隊は果然、これに向かって肉薄していった。旗艦以下○隻が、鍛えに鍛えた強襲を敢行するのが手に取るように見える。すると、
 「魚雷発射」
 「やった」
 という叫びが思わず上がった。一大火災が天を沖する勢いで高く上がった。命中だ。しかも引き続き各艦は順次整然と魚雷を送る。何という堂々たる攻撃であろう。正に真正面からぶつかっていく強襲である。同時に巡洋艦がアッと思う間に大火柱の下に轟沈された。つづいて大音響が海上を震わせ、巨体の何十倍もある火炎がワッと上り、その下に小さく見える敵戦艦が前檣をグッと炎の中へ突っ込んで瞬く間に沈んだ。万歳! われわれは肚の底から乾いた声を振り絞って叫んだ。僚艦○○が敢然と敵の間近に突っ込んでパッと探照灯を向けた。アリアリとその光芒の中に浮き出た断末魔の戦艦。特徴のある塔型の前檣がくっきりと見える。瞬時にとらえたその凄惨な影像こそ米の誇る最新鋭、三万五千トンのワシントン型ではないか。…
 そのうちに既に艦長を失い、行動不能となっていた我が駆逐艦○○の運命も迫っていた。総員退去の命令を受けて、残った乗員は去りがたい思いに引かれながら整然と筏に移ったのだった。
 悲痛な『君が代』の声に包まれながら我が○○は、やがてその勇姿を波間に没していったのである。…」

 ソロモンにおける相次ぐ敗戦も「軍機保持の必要上」という一点張りで、殆ど自国の損害を発表しなかったアメリカ海軍省は三月十三日に至り八月八日、すなわち第一次ソロモン海戦以来の各海戦の公式呼称を発表すると共に損害の一部を併せて発表した。喪失艦船の数と称するものは全く取るに足りぬ出鱈目であるが、その呼称を我が方と対比して次に掲げる。(括弧内アメリカ側の呼称)
 ソロモン海戦(サボ島沖海戦)
 第二次ソロモン海戦(東部ソロモン群島沖海戦)
 南太平洋海戦(サンタクルーズ島沖海戦)
 第三次ソロモン海戦(ガダルカナル島沖海戦)
 ルンガ沖夜戦(ルンガ岬海戦)(正式な米軍側呼称はタサファロンガ海戦)
 また、我が大本営の正式の呼称ではないが十月十一日夜の「サボ島沖の夜戦」にあたる海戦をアメリカはエスペランス岬沖海戦と呼称している。
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