レンネル島沖海戦

レンネル島沖海戦地図

雷撃機出動

 昭和十八年の劈頭をかざるレンネル島沖海戦は、一月二十九日と三十日の両日にわたって、帝国海軍航空部隊が、敵の大艦隊を強襲して、敵の戦艦二隻と巡洋艦三隻を撃沈、さらに戦艦一隻、巡洋艦一隻を中破した海戦である。
 レンネル島の位置は、昭和十七年八月初旬、米兵が上陸以来、半年余りにわたって敵味方の間に激しい戦闘が行われたソロモン群島中のガダルカナル島から約二百キロ離れた海上、ソロモン群島の最南端にある。
 敵は、ガダルカナル島より南方の海面は安全なる味方の海域だと思い、自らの領海と恃んでいたものである。
 わが海軍航空隊がこの敵の領海内に敢然と躍り込んで、敵が自分の領海と安んじて航進していた大艦隊を滅茶苦茶に叩きつぶしたのであるから、意義深いものがある。

 一月二十九日。
 この日も、帝国海軍索敵機は、敵艦影をもとめて、南海の雲間を縫いながら、果てしない洋上遠く飛んでいた。
 雲の切れ間から洋上を見ると、乗員の胸は躍った。レンネル島遙か東方、サンクリストバル南方洋上に、白い航跡をくっきり曳きながら西北に向かって航進する敵の大集団を発見したのである。
 索敵の苦労も一瞬に吹き飛び、ただ、敵発見の喜びに踊る胸を押さえ、なお沈着に偵察を続けると、予想以上の獲物である。
 戦艦三隻以上を中心に、巡洋艦を従え、前後左右に駆逐艦を配して厳重に警戒しつつ、米軍得意の輪型陣で意気揚々と航進している。
 索敵機からは、敵発見の第一報が、電波となって、待機中の航空部隊に飛んだ。敵の大艦隊は、わが索敵機に発見されたるを知るや知らずや、進路をガダルカナル島の方角に向けて進航を続けている。幸いに敵艦隊の上空には、艦隊護衛の敵機は見えない。
 我が索敵機は、敵の行方を見失わないように接触を続けながら、味方機の来るのを今か今かと待っていた。
 発見してから既に○時間、太陽ははやくも西に傾き、天候は刻々と悪化して、味方機が果たして飛来できるかどうかすら危ぶまれるような状態に急変した。
 敵艦隊は悠然と、高速で西北に進み、今やレンネル島北方にさしかかった。
 「敵大艦隊を発見せり」
 索敵機から報を受けた基地は、たちまちに緊張の空気が漂った。
 待望の好餌来る! いまこそ、日頃の腕に物を言わせて敵艦を太平洋の海底深く撃沈する時が来たのだ。全員は無電が報ずる敵艦隊の行動を固唾をのんで注意すると共に、出撃命令の下るをいまや遅しと待ちかまえた。
 やがて○○時○○分(索敵機が米艦隊を発見したのが0737時、ラバウルから攻撃隊が発信したのは1235時であった)、雷撃命令が伝えられる。
 凄壮の気が基地全体を覆い、搭乗員の顔には決死の色が溢れた。悪天候といえどこれを突破すればよいのだ、準備には一分の抜かりもない。たちまちプロペラは快調を奏ではじめた。
 「成功を祈る」
 力強い部隊長の言葉に送られ、○○少佐の率いる一隊、△△少佐の率いる一隊が、相次いで砂煙を残して基地を発進した(攻撃機を発進させたのはラバウルの第26航空戦隊、指揮官は山県正郷中将)。敵艦を狙う魚雷は各機の腹に抱かれて薄気味悪く光っている。(この時出撃したのはラバウル基地所属の第705航空隊の一式陸攻15機と第701航空隊の九六陸攻15機。遠距離攻撃で零戦の行動圏外であったため護衛戦闘機無しの出撃となった。)
 薄暮を利して敵の虚をつき、これを撃滅戦と勇躍する航空部隊の大編隊は、ソロモン海の上空をまっしぐらに進む。
 雷撃隊が、まず果たさなければならぬ努めは敵艦隊の捕捉であった。索敵機からは刻々と敵の位置が報ぜられてはくるが、広大なる洋上にその敵艦をうまく掴むということは、すこぶる至難の業といわねばならぬ。しかも、敵艦上に到達する予想時間は夕暮である。洋上に薄暮が訪れる頃の敵艦発見はさらに困難と思わなければならぬ。
 けれど、帝国海軍の将兵の前には至難という言葉はない。当今は如何なる困難をも突き破るのだ。ただ敵を撃滅するのみである。編隊は堂々と進んでいく。
 赤道付近の燃ゆる太陽は刻々と西に傾きはじめ、雷撃大河予想点に近づいた頃は、真っ赤な夕日が海に没していた。南海の夕焼けは短い、落日の残光が海面を金色に輝かしたと思う次の瞬間はもう薄暮であった。
 変態は予想点を迂回して、ガダルカナル島の南西報に横たわる○○島に機首を向けて突っかけた。このあたりからは天候はいよいよ悪く、雲は低くたれこめている。その上、薄い夕靄が海面をおおっていて視界は狭い。
 雷撃隊は高度を下げてその雲の下に出た。そして進路を北にとって敵の発見につとめたが、夕闇は濃く、視界はますます狭い。このために敵を見逃すようなことがあってはならぬ。全機は全神経を海面に集中して海上を見守った。
 何という天佑か、雲の切れ間に広がる海上には数条の白い水脈を認めた。敵艦隊の航跡、艦艇の曳く尾である。いたぞ! 敵艦隊! 双眼鏡をあてて航跡を辿ると、遙か彼方に点々と黒点も認められた。
 直ちに編隊は高度をぐんぐん下げた。暗い夜の帷はもう寸前に迫っている。航跡が近づくにつれてその白さを増してきた。ぽつと黒い艦影が浮かんだ。
 「敵艦隊を発見せり」
 各機はこの喜びと感激に勇躍、たちまち果敢なる攻撃の態勢に移った。時に、日没後約○○分の○○時○○分であった。(705空の敵艦隊発見は1636時、701空は1740時だった)
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手練の雷撃

 かすかな薄明が西の空に残っていた。そして雷撃隊の背後には暗雲があった。それは、またとない絶好の攻撃態勢である。敵はまだ自分の末期が直前にあることを感知しないのか、全然、防御砲火を射ちだして来ない。
 今だ! 素早くこの好機を掴んだ○大尉の隊は、ぐっと左旋回して第一の狙い、敵の主力艦をめがけて猛然と突っ込んで行った。高度○○メートル雷撃機は駆逐艦の上を飛び越えて進んだ。
 だが、敵はまだ射って来ない。
 敵の一番艦を目標にして、全速をあげて進む敵戦艦の艦首に近づいたとき、必中の魚雷は続々と発射された。魚雷は敵艦に向かって噛みついていく。
 この時あわてた敵は、一斉に防空砲火の門を開いた。すでに真っ暗な夜に変じた海上一面には赤い火花が散った。それは豪華な火の柱だ。噴火山の爆発のようだ。○大尉機の魚雷は見事に戦艦の胴体に命中する。それが合図でもあるかのように○発、○本の魚雷は発射され、見事に命中した。
 ○大尉の隊に前後して○少佐、○中尉らの隊も敵艦列に突き進んだ、さらに○中尉らの隊も猛襲した。
 少佐隊の目標は敵の一番艦と二番艦である。駆逐艦から、巡洋艦から、そして戦艦から射ち出す防御砲火が味方にとってはむしろ敵艦の存在を示す目標となった。炸裂する砲火と弾丸をくぐって進むと眼前に黒い小山のような戦艦が現れた。腹の底から振り絞るような声で、
 「発射用意! 撃て!」
 魚雷発射だ。魚雷は小気味よくも二番艦を貫いた、敵艦から真っ赤な炎が上がる。
 中尉の隊はその二番艦と、それに従う三番艦の敵甲巡を目標に選んだ。手練の魚雷はまさしく甲巡にも命中した。神業とも言うべき見事さである。甲巡は艦首を上にあげると見る間にスルスルと暗黒の海に沈んでいったのである。
 各機は任務を終えると、熾烈な敵の防御砲火のなかを突き抜けて退避した。文字通りに艦橋すれすれに敵艦の上を飛び越えると、さらに敵の艦列があった。そして、その次にはまた駆逐艦が控えている。さらに攻撃前に目標となって味方を利した砲火が集中する。その敵の艦列を横切って退避する雷撃隊にとって今度は不利な状態となった。
 敵はこのときとばかりに集中砲火を浴びせかけた。無念、○二飛曹はその一弾を受けて頭部を粉砕、壮烈な戦死を遂げた。また、○少佐は臀部にしびれるような痛さを感じた。一弾が電信機を貫き、更に座席を貫いて少佐の臀部を傷つけたのであった。
 敵の防御砲火の中を潜り抜けて、各機が退避を終わったころ、既に全く夜の帷が下りきっていた。
 その闇の中を、この隊に続いて△少佐の一隊が殺到していった。敵艦炎上の真っ赤な炎を目当てにこの一隊は突っ込んだのである。燃え上がる敵二番艦に魚雷が集中された。指揮官機は猛然と突撃したが必中を期すために、思い切って敵前に反転して雷撃をやり直して魚雷を投下した。その瞬間であった。敵の一弾が命中して機はぼっと火を吐いた。もはやこれまでだと悲壮なる覚悟を固めた少佐機は敵艦檣めがけて激突、豪快な体当たりを喰わして壮烈な自爆を遂げたのである。
 この、壮絶なる捨て身の猛攻を受けては敵の二番艦もひとたまりもなかった。全艦燃え上がりつつ遂に海底に沈んでいったのである。
 かくて○○時○分から、○○時○分にわたる息もつかせぬ勇敢なる我が航空部隊の攻撃は敵に多大の損傷を与えて終わった。
 攻撃終了の報を得た基地では夜間着陸に万全の準備をして雷撃隊の帰投を待った。
 空一面に降るように美しい星であるが、月はない。途中、悪天候に出会うものなら一大事である。無事に帰投を望む部隊長らの心痛は一通りではなかった。だが、平常の猛訓練に物をいわせた航空部隊の夜間航法は見事であった。島影もさだかに分からぬ闇の中を次々に基地に戻ってきた。流星かと見まがう機尾灯の光が基地上空に見えて、着陸のために僅かな投下が飛行場に点ぜられると、爆音も誇らしげに相次いで基地に着陸した。
 そして、指揮所に帰ってきた搭乗員は黒板に自分の機の番号を書いて、その帰投を告げ、やがて傷ついた○少佐を前に全員が整列、部隊長に報告した。指揮官の声は淡々として、これがいま生死の境を往来した人の声とは思われぬ。
 指揮官機から○少佐を傷つけた敵弾が発見された。それは細長い鋼鉄の弾であった。一寸でもこれがそれていたら致命傷であったろう。
 この攻撃のわが犠牲は△△少佐をふくめて○機であった。
(夜間雷撃のため艦型を見誤ったのか戦艦を含む艦隊と報告されているが、実際は重巡3、軽巡3,駆逐艦6の戦隊であった。二十九日の雷撃では重巡「シカゴ」に二発の魚雷が命中し航行不能となった他には米艦隊の損害は無い。重巡「ウィチタ」「ルイスビル」にも各一発の魚雷が命中したが不発であった。このときの日本側の損害は一式陸攻三機が撃墜された。)
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弾幕を貫く

 レンネル島沖海戦の第二日の三十日の昼間、戦闘機隊の掩護なくして、敢然残存敵艦を追って敵地に突入した○○雷撃機隊(三十日に攻撃を行ったのはブナ基地所属の第751航空隊の一式陸攻11機)の、○○指揮官及び乗員らが語る実戦談によれば次のようである。

 一月三十日の早朝である。
 哨戒中の索敵機から敵艦隊発見の報告があった。待機していた一同は期せずして快哉を叫んだ。
 全員整列、出撃命令をくだす○○司令の眼は決意と緊張でギラギラ光っている。午前○時○分、雷撃隊は勇躍して離陸した。司令官、司令以下地上勤務員の見送りに無言ながら必ず敵を撃破すると答えて飛び立った。
 南海特有の分厚い積乱雲とスコールをよけて飛翔した。青い海原が果てしなく広がっている、やがて敵艦隊所在海面に刻一刻近づいていく。
 遂にレンネル島上空を通過した。各機とも僅かな焦燥を覚えるとき、遙か南方に敵艦らしい数個の黒点を発見した。雷撃隊は高度を下げた、機内には期せずして緊張の気が張った。全島乗員の目は食い入るように海上に吸い付けられている。
 三、四分位たった時である。雲下遙か前方を五、六ノットの速力で南下遁走中の敵主力艦を発見した。戦艦を一番艦に、これを囲い込むように駆逐艦、巡洋艦が三角陣を作って航行している。警戒航行序列だ。各艦の蹴立てる真っ白い波が目にしみる。
 敵もわが襲撃を知ったのであろう、グラマン戦闘機六機は右後方から、他の六機は左前方から僚機に執拗に襲いかかって一撃、二撃を加えてきた。
 指揮官は直ちに突撃に転じて高度をグッと下げた。ついに、突っ込めの号令が僚機に伝わる。搭乗員が、
 「征きます」と、指揮官を振り返ると、隊長は完爾とこれに無言で答えた。
 今こそ、われわれの肉体が持つ一個の歯、一枚の爪、一本の毛髪のすべてを武器とし、血液の一滴、一滴を捧げ全身全霊が弾丸となって敵艦に挑みかかって行くのだ。
 敵は一斉に猛烈な防空砲火を射ちだした。機の上下左右に隙間もなく高角砲弾が炸裂する。全防空機能をあげて必死の防戦である。さながらスコールのような弾幕が行く手を遮る、海、空一面にただ黄色い硝煙が立ちこめて、目も口も開けられぬような中を、指揮官機に続いて雷撃隊は、敢然、海面すれすれに敵戦艦をめがけて突っ込んだ。次の瞬間、戦艦の胴体からマストの二倍ほどある水柱がさっと上った。命中したのだ。続いて中央及び艦尾から巨大な水柱が○本上った。他の一隊は雷撃阻止のために前程に進出した戦艦護衛の巡洋艦に襲いかかっていた。
 このとき、わが二番機が火達磨となって壮烈自爆した。それと同時に、二番機が放った魚雷は巡洋艦に命中、巨大な水柱が上った。見る見る艦尾が沈下し上甲板を海水が洗った。真っ赤な火炎が凄まじく燃え上がった三番機も投弾した。火を発するや直ちに隊列を離れ、単機先行して敵艦に雷撃を決行しようとまっしぐらに降下した。
 だが、火勢は次第に烈しい、今はこれまでと思ったのであろう、雷撃を思いとどまり、その魚雷を抱いて巡洋艦めがけて突入した。その壮絶たる体当たりに敵巡洋艦は轟然と爆発し燃えつつ沈む。
 ○時○○分、壮烈極まる雷撃は完了した。高角砲の目の眩むような曳光の中で、敵戦艦の敵兵が次々に艦上に倒れていく姿が見える。顔を覆って逃げまどう兵も見える。艦檣すれすれに、敵艦上空を通って機は大きく右旋回している。振り返ると敵艦に幾度も轟然たる爆音が起こった。火炎が上って右舷に大きく傾斜している。真っ黒い煙がこの巨大な戦艦を押し包んだかと思うと、一瞬にして巨体は海中に没してしまった。
 海上一面に黄褐色の油がけむるように広がり、無数の漂流物の漂う中に駆逐艦が救助作業に駆けつけた。空戦中ではグラマン戦闘機も三機撃墜し、ここに、前夜の攻撃のとどめを刺し、南海の輝かしい勝利の記録をうち立てたのである。
 (実際の三十日の戦果は、前日の攻撃で航行不能となっていた重巡「シカゴ」に4発の魚雷を命中させ撃沈、同艦を護衛していた駆逐艦「ラ・バレット」にも魚雷1発が命中、大破させている。しかし、空母「エンタープライズ」から派遣されたグラマンF4F戦闘機10機が上空掩護しており、陸攻隊も11機中7機が撃墜されてしまった。)
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米戦艦の喪失

 この二日間にわたる海戦は、レンネル島沖海戦と呼称(米軍側呼称はレンネル島海戦)されたのであるが、戦艦二隻、巡洋艦三隻撃沈、戦艦一隻、大型巡洋艦一隻中破のほか、戦闘機三機撃墜という戦果に対して、我が方の損害は飛行機の自爆七機、未帰還機三機を出した。
 アメリカ政府が総反撃を呼号し、小賢しくも「勝利の年」と宣伝していた一九四三年の初頭、レンネル島沖及びそれに続く西南太平洋海戦に於ける惨敗の悲報が、アメリカ国民に送られたことは、大東亜戦争に対する天の掲示でなくて何であろう。
 この海戦におけるわが快勝は、アメリカが太平洋戦に関し全世界にばらまいていた逆宣伝を、微塵に粉砕したばかりか、さらに帝国海軍の厳然たる威力をいやが上にも示したものといえよう。
 レンネル島沖の海戦は、航空部隊をもって敵艦隊の中枢を撃破した点において、ハワイ、マレー沖海戦に匹敵するものであるが、とくにソロモン方面におけるわが航空勢力が、着々として整備、強化され、次第に量質とも敵空軍を圧倒しつつある証左として重大な意義を持つものである。
 それは、この海戦が、敵が自己の完全なる制空権下とたのむソロモン群島東南方に展開され、しかも南海特有の悪天候を衝いて、長途索敵攻撃にあたった一事からも容易に窺われよう。
 かかる殊勲は、わが航空部隊の全員が、純忠報国、敵撃滅の敢闘精神の結実に他ならぬ。
 米国海軍省は、レンネル沖の海戦について最初は、
 「日米両国軍が交戦し、双方に相当な損害があった」と、公表した。
 そして、例の通り、一切の沈黙を守って、得意の頬被り政策に終始していたが、二月十六日に至って体裁をつくろった長文の公報を発表した。この公報において、彼らは初めてレンネル島沖の海戦を認めたが、自国艦隊の損害については僅か一部を小出しにするに止め、次の通り述べている。
 「一月二十九日夜、運送船を護衛し、かつガダルカナル島南方約七十哩レンネル島付近を行動していた米国巡洋艦数隻、並びに駆逐艦数隻は、日本雷撃機の攻撃を受け重巡シカゴは水雷数発を喰い大破沈没した。さらに同日、米国航空部隊はガダルカナル島方面における空中戦で十機を喪失した。」
 まことに苦しい公表であるが、彼らにとっては、かくの如き欺瞞公表により国民の不平をなだめるほかはなかったのである。
 ところが、重巡シカゴの生存者エドワード・B・ジャーマン大尉は同艦の最期の模様を次のように語ったとワシントンの電報は伝えている。

 「巡洋艦シカゴは某戦闘部隊の一艦として一月二十九日、ガダルカナル島南方海上を航行中、日没後一時間にして、突如、日本軍航空部隊の奇襲を受け、二回にわたって攻撃された。
 護衛戦闘機は十五分前に同戦闘部隊を離れていたので、シカゴは魚雷二本を受け、一部浸水し戦闘能力を喪失した。
 翌三十日午後、僚艦に曳航されて基地に向かいつつあったシカゴは、再び、日本航空部隊の攻撃を受けた。その時には、われわれは最早逃れる術を知らなかった。
 日本航空隊の雷撃隊は集中攻撃を行った。魚雷は見事な水線を引いてシカゴに向かって突進して来た。少なくともその内○本が命中することは十分にわかっていたけれども、われわれはただ運命を待つばかりであった。一分あるいはそれ以上であったろうか、われわれは殆ど呆然として静かな魚雷の進み方を眺めていた。魚雷○本は艦の前部の火薬庫と後部に命中した。轟音と共に艦は右舷に傾き、静かに、しかし、速く沈み始めた。火薬庫の砲弾は凄まじい音を立て、次々に爆発し、炎は見る見るうちに全艦を包んだ。その時、われわれはシカゴを葬る最期の礼砲として五吋砲一発を寂しく空中に放ったのである。
 われわれが離艦を終えて間もなく、シカゴは巨大な火の塊のように燃えつつ水中に没した。前後十九分であった。」
 この海戦において敵は戦艦二隻を失っている(日本側の戦果誤認である)が、これは厳密にしている。試みに大東亜戦争開戦以来の米海軍喪失艦を挙げると、海戦当時米海軍が保有していた戦艦は十八隻を数えていた。しかるに緒戦の真珠湾における惨憺たる敗北からレンネル島沖海戦までの喪失艦をあげると、
 (1)ハワイ海戦 アリゾナ型、メリーランド型、カリフォルニア型、オクラホマ型、ユタ型各一隻
 (2)珊瑚海海戦 カリフォルニア型一隻
 (3)南太平洋海戦第三次ソロモン海戦及びルンガ沖夜戦で艦型未詳四隻
 (4)レンネル島沖海戦 艦名未詳二隻
 合計十二隻を喪失して、さらに大中破せる戦艦は七隻である。その後、竣工を予想されたノースカロライナ型の準姉妹艦たる二万五千トン級のサウスダコダ、マサチュセッツ、インデアン、アラバマの四隻をはじめ、外電の報ずる進水戦艦を加えても、戦闘航海に支障なき米戦艦はその数寥々、戦前の彼我の勢力はここに全く転倒した。今やわれわれは、戦艦陣においても絶対不敗地位を確立したともいうべきである。
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