フロリダ島沖海戦

勝利の白鉢巻

 四月七日朝のソロモン群島方面は空も、海も、島も一脈の殺気を孕んでいた。
 雲が乱れ飛ぶ、海には波頭が高くあがる。烈風が吠えながら波を蹴散らし緑の島々に殺到して木々をはげしくゆすぶってゆく。
 今日も、その烈風と密雲を衝いて、帝国海軍の哨戒機が飛んでいた。そして、敵基地の懐に飛びこみガダルカナル島方面に侵入偵察していると、荒れ狂う海に夥しい船影を発見した。
 勇躍、接近して偵察すると、正しく敵の大輸送船団であった。巡洋艦、駆逐艦等に護られた輸送船十数隻が、激浪に弄ばれながら、ガダルカナル島のコリ岬近くに碇泊、大自然の暴威に脅えているものの如くである。反攻に狂奔する敵は、ガダルカナル島とフロリダ等ツラギ方面に兵員、器材、弾薬などを補給のため大輸送船団を編成、船団は西太平洋の波頭を乗り越え、夜の闇に乗じてようやくガダルカナル島へ辿り着いたところであろう。
 「敵艦船を発見せり」
 急電は飛んだ。
 基地は湧き返る。直ちに出撃命令は下った。搭乗員は雀躍した。久しぶりの珍客である。ただ撃滅するのみだ。烈風も、悪天候もわが海軍航空部隊にとってはいささかの妨げにもならない。
 腰に拳銃一丁だけを吊り、落下傘のバンドも搭乗員室に残した。みながきりっと白の鉢巻をしめた、思えばハワイの真珠湾空襲以来、敵猛攻の都度に締める帝国海軍勝利の白鉢巻である。
 「搭乗員即時待機!」
 指揮官の命令に搭乗員は素早く愛機にすべり込んだ。エンジンの轟音が烈風をひき裂いて唸りはじめた。爆音が一気はミまったと思うと一番機が出撃した。
 「出発します」
 次々に、滑走に移る。見送る整備員の手に白い作業帽が打ち振られると、まるで風に揺ぐお花畑のように鮮やかに揺れ動いた。
 三機、四機、五機、八機−−颯爽と空に飛び立つ。堂々たる大編隊である。高度○○メートル、征く手の雲は三段に重なりあって、視界が狭い。気流が悪く、機がひどくがぶる。
 基地を発進してから○時間、烈風を衝いて大編隊は目的地上空に到達した。雲の切れ間の下に敵艦船の姿が見ゆる。巡洋艦とおぼしき艦影、駆逐艦も、輸送船もいる。今日の目標の敵艦船だ。迫り来る悲運も知らず彼らが碇泊している島は美しい、白い砂浜、滴る緑の木々、その背後の山が密雲の切れ目に隠見する。
 「全員突撃せよ」
 指揮官機からの無電命令だ。決戦の時いたる。まず、戦闘機がぐんぐん速度を伸ばし始めた。
 空を蔽う帝国海軍機の大編隊、轟々たる爆音に驚いた敵は防御砲火を、地上から、艦上から死物狂いで射ち出した。巡洋艦の船橋を中心に真赤な閃光が飛び散るのが見えた。
 次いで各艦船の前部から、中央部から、後部艦橋から砲火が炸裂する。敵艦船の上空は隙間もない防御弾幕である。二番艦も射ちはじめた、高角砲の弾幕が汚れた花のように爆煙を空一杯に散らす。黄黒い弾幕がたちこめ、硝煙の匂いが鼻を刺す。その弾幕の中から敵機の大群が出現した。われを迎え撃たんとする戦闘機群である。
 「敵機現る」
 搭乗員は思わず躍り上って歓声をあげた。
 戦闘機が、まっしぐらに、征矢のごとく敵機をめがけて突っこんで行った。敵機の銃口から火を吐いて、機銃は狂ったように射ってくる。
 凄絶なる大空中戦である。と、敵機は、一機、二機と墜ちてゆく。わが戦闘機は次、次と敵と交戦して敵を撃墜する。燃ゆる敵から落下傘で逃げる敵兵もある。
 ガダルカナル島には敵は飛行基地を設けて飛行場を増強しているが、この基地からも夥しい敵機が味方の危機を知って、救援のため飛び立った。
 この大量の敵機こそ、絶好の獲物である。
 わが戦闘機は、敵機の大群を目がけて真一文字に突進して行った。地上からは物凄い敵の砲火が数十條の火柱のように炸裂する、わが戦闘機はその燃ゆる火焔をふりきって、ただ必殺の意気凄まじく、勇躍、まっしぐらに猛進し、敵機に食い下がり、大胆にも敵飛行場の上空で、敵弾を浴びながら壮烈なる空中戦を展開した。
 必殺の闘魂と、撃滅の攻撃に機銃火を吐き、敵機は相次いで焔の塊となって墜落した。
 他の一機は死物狂いで防御砲火を浴びせかける敵飛行場に突っこんで爆弾を投下した。爆弾はつぎつぎに機を離れて格納庫、滑走路に命中、敵基地は目を射るような閃光とともに濛々たる黒煙につつまれ、炎上し、破壊されて行く。

 そのころ、海上も凄絶たる激戦であった。
 雷撃機の一番機は敵弾と、敵機の間を潜り翼を振った、攻撃開始の合図だ。編隊は一斉に敢闘に移った。
 次の瞬間! 敵巡洋艦に、駆逐艦に、輸送船に猛然と挑みかかった、数條、十数條の白い雷跡が左から右から敵艦船めざして突っ走る、巨大な水柱が噴水の如く巻き上った。つづいて一條、二條−−噴きあげる水柱と炸裂する閃光のなかに敵艦船がグラグラと揺れる、雷撃機はマストすれすれに燕のように翔上って行く。水柱のあとは黒煙と炎だ、敵艦船は燃える。
 雷撃機は翼をひるがえして、さらに、敵に挑みかかった。曳光弾が飛び上る。猛烈な防御砲火だ、それは光の襖、すさまじい火煙である。爆風を喰らってよろめくように機体が揺れる。その機体を立て直し、火煙をくぐって銃撃する。
 猛焔に包まれた敵の巡洋艦が火薬庫でも爆発するのか、爆発の音を連続しつつ沈没する。駆逐艦が轟然爆発、そのまま海に吸い込まれた。輸送船が次々に燃え、傾き、長濤のうねりに呑まれるように沈んでゆく。大戦果をあげた雷撃機は、折から戦場上空に殺到した戦闘機隊にあとをまかして戦場離脱を図り、機首を基地の方面に向けた。
 昭和18年(1943年)4月7日から実施された『い号作戦』のうちガダルカナル方面への攻撃となる『X攻撃』である。零戦157機、九九艦爆67機(70機説もある)が長駆ラバウルから攻撃に参加した。前述文章の中に雷撃機の参加がほのめかされているが、艦攻や陸攻はこの時参加していない。
このページの頭に戻る

敵の海上補給に大打撃

フロリダ島付近
 白昼、悪天を衝いて果敢に出動したわが航空部隊の奇襲は、ついに敵巡洋艦、駆逐艦、各一隻を撃沈するとともに、八千トン以上の大型輸送船二隻、五千トン以上の中型輸送船六隻、三千トン級の小型輸送船二隻を相次いで撃沈、中型輸送船一隻、小型輸送船一隻を大破、大型輸送船一隻を小破せしめ、空中戦ではグラマン戦闘機三十機、P38六機、飛行艇一機を撃墜し、敵の執拗なる反撃企画と補給遂行に一大打撃を加えたのである。
 この輝く大戦果は、大本営から左の如く発表された。
大本営発表(昭和十八年四月九日十五時)
 帝国海軍航空部隊は、四月七日大挙ソロモン群島フロリダ島方面の敵艦船を強襲せり、戦果及びわが方の損害左のごとし
 戦果  撃沈 巡洋艦一隻 駆逐艦一隻 輸送船十隻
     大破 輸送船二隻  小破 輸送船一隻
     撃墜 三十七機
 わが方の損害 自爆六機
 (註)本海戦をフロリダ島沖海戦と呼称す

 海上補給を不可欠の要素とする近代戦において(補給を軽視していた日本軍が言って良い台詞では無いと思う)、敵船舶を十三隻も撃沈したこの大戦果は特筆に値する。しかし、わが方にも自爆六機という貴い犠牲を出している。
 また、敵のソロモン方面への増強企画が執拗極まるものであることを、この海戦が端的に示したのであり、決戦場としての南太平洋戦局の重要性を深く認識せねばならぬ。
 この海戦について米海軍省は、
 「南太平洋戦況は日米両軍間に猛烈な爆撃の応酬が展開されているが、四月七日爆撃機○○機、戦闘機○○機よりなる日本航空部隊がガダルカナル島付近のアメリカ船舶群に対し大爆撃を敢行した、今回の空襲はソロモン方面における日本航空部隊の爆撃のうち、もっとも大規模なるものと信ぜらる、わが方の損害は戦闘機七機である」
 と、発表し飛行機の大損害は勿論、艦船の損害は例によって頬被りしているのはあわれである。
『X攻撃』による損害は米軍が駆逐艦1、コルベット艦1、タンカー1の計3隻が沈没、航空機7機墜落。日本軍が零戦12、九九艦爆12の計24機未帰還となっており、損害に頬被りしているのは日本海軍も同じである。また「フロリダ島沖海戦」という呼称は現在では使われておらず、単に『い号作戦』の一部として扱われている。
前項(”熾烈化せる航空作戦”)では『い号作戦』における『Y攻撃』の部分を紹介しているので参照して欲しい。
このページの頭に戻る

戻る(目次)