八九式擲弾筒

 昼なお暗い密林の中を俺は二宮古兵殿を担いだまま進む。

 この作戦とやらがどんなもので、どこが目的地なのかも知らず、俺は単に他の兵隊達についていくだけだったのだが 大きな川を渡ったときに敵の攻撃を受けて部隊はちりぢり。俺と二宮古兵殿の二人は後方にいるはずの連隊司令部に向 かって合流を果たそうとしている途中だ。

 「おい、サブよぉ。なぁ、もうオレなんか捨ててっちまえよぉ。オメェ一人でも司令部に着けるかアヤシイんだぞ。」
 古兵殿が俺の背中で呻く。あんなに力強かった古兵殿が今じゃ縮んだ干物みたいだ。俺は兵営に入ったばかりの事を 思い出していた。


 俺は図体ばかりデカく役に立たなかったので、村でも厄介者扱いだった。そんな俺でも歳を取れば兵役につかなけれ ばならず、赤紙を受け取った俺は兵営へ入った。
 六尺を超える図体を持つ俺に合う軍服は無く、被服係の曹長殿の嫌味を聞かされながら特別あつらえの軍服を与えら れた俺は、内務班で二宮古兵殿に初めて出会った。古兵殿は俺の面倒を見る立場の二年兵として寝台(この寝台もくせ 者で、俺の足がはみ出てしまうほど小さかった)を並べる戦友だった。
 二宮古兵殿は地方で名うての悪だったらしく、他の二年兵達や下士官達も二宮古兵殿を敬遠しているような所があっ たが、俺には良い兄貴分だった。他の古兵達が新兵にタコを釣る(虐める)時も二宮古兵殿は参加せず、動作の鈍い俺 が他の古兵に殴られそうだったときも、それとなくかばってくれたりもした。
 俺は力だけは自慢だったが、歩兵教練も射撃訓練も苦手だった。長距離を歩くことは脚に負担がかかってすぐに豆が 出来たし、射撃においては中隊最悪の命中数しか出せなかった。
 「普通はよぉ、射撃モッサリちゅうて、オマエみたいな動作の鈍いヤツほど射撃がうまいって相場が決まってんだが よぉ。」
 そう言って二宮古兵殿は苦笑いを浮かべたものだ。言い訳がましいが、俺には三八式歩兵銃は小さすぎるのだ。うま く肩付けができないから命中率も悪いのだ。しかし軍隊と言うところは『兵に銃を合わせるのではなく、銃に兵が合わ せなくてはならない』場所だから、俺の泣き言は通らない。

 二宮古兵殿と俺は二人で小隊の擲弾班となった。普通は筒手一人と弾薬手二人の三人で組まされる擲弾班だが、人数 が足りず力のある俺が二人分の弾薬を抱えることでなんとか形になった。古兵殿は
 「擲弾ってのはよぉ、山なりにタマが飛んでいくんだ。だから直接狙える小銃なんかよりも、よっぽど頭を使わねぇ と当たりゃしねぇんだよ。オメェは頭も悪いんだから、俺がやることをしっかり見て、擲弾の使い方を憶えるんだぞ。 俺がおっ死んだら、オメェが筒手もやんなきゃならねぇんだからよぉ。」
 と、事あるたびに俺に言い聞かせたが、恩義ある古兵殿が死ぬようなことを俺は考えたくなかった。
 「古兵殿、死ぬなんて言わんでください。俺には擲弾どころか銃剣も扱えんです。」
 俺の泣き言に、古兵殿は  「サブよぉ、オメェは図体はでけぇけど臆病だよなぁ。」
 と、あきれたのだった。

 ある日、俺達の連隊は船に積み込まれて南方へ向かうことになった。事情に詳しい兵達はインパールとか何とか聞い たことのない地名を噂していたが、学のない俺にはどこのことか判らなかった。
 船を下りた俺達は、すぐに密林へと分け入り進軍を開始した。ところが今じゃ敗残兵のなれの果てだ……


 連隊司令部を目指そうというのは古兵殿の提案だった。
 「オレ達二人で戦争できるワケ無ぇよなぁ。敵前逃亡は銃殺だなんてチョビ髭野郎(妙に髭の似合ってない中隊長の ことだ)は言ってたが、敵の姿を見たわけじゃぁ無ぇし敵前じゃ無ぇよなぁ。」
 なんてことを言いながら、二人で後方へ向かったのだった。
 俺は弾薬盒を6つも持たされていた。1つの盒に4発の擲弾が入っており、6つで15キロもある。力自慢の俺だっ たが、これを持ったまま蒸し暑い密林を進むのはかなり堪えた。
 「サブよぉ、どうせ空も見えない密林の中じゃ上に打ち上げる擲弾なんて使えねぇんだ。そんなもん捨てちまえ。」
 古兵殿がそう言うので俺は弾薬盒を捨ててしまった。弾薬自体は消耗品なので後で咎められても射ち尽くしたと言え ば大丈夫なのだ。だが擲弾筒はそうはいかない。畏れおおくも陛下から賜った兵器なのである。
 「陛下もよぉ、こんな重いモンじゃねぇで、食いモンとかもっと身のあるモンを賜れば良いのによぉ。」
 士官連中に聞かれたらただじゃ済まないことを古兵殿はつぶやいた。


 退却を始めて3日目に古兵殿は猛烈な熱を出した。動けなくなった古兵殿を俺は背負って進むことにした。
 「こりゃぁマラリアかなぁ。娑婆じゃワルでならしたオレが病気ごときでなぁ。」
 熱に浮かされて、俺の背中でつぶやく古兵殿は以前のような覇気が感じられなくなっていた。

 マラリアだけでなく、赤痢もおこした古兵殿は熱と下痢でどんどん衰弱していった。栄養のつくものでも食べさせて あげたかったが、進軍を始めたときに持たされた米はもう何日も前に食い尽くしてしまっていた。かく言う俺も空腹で フラフラだった。
 「おい、サブよぉ。なぁ、もうオレなんか捨ててっちまえよぉ。オメェ一人でも司令部に着けるかアヤシイんだぞ。」
 古兵殿はそう言ったが、俺は古兵殿を捨てていけない理由を伝えた。
 「古兵殿を捨ててはいけません。あちこちに腐りかけの死体がゴロゴロしているんですよ。敵が出てきても恐いじゃ ないですか。俺一人では進めません。」
 俺の泣き言を聞いて、古兵殿は力無く笑った。
 「ほれ、サブよぉ。オメェは図体ばかりデカくて臆病なんだからよぉ。死体は噛みつきゃしねぇって。敵だぁ?敵に は噛みついてやりゃぁ良いんだよ。」
 古兵殿はそう言うが、俺はケンカもしたことがない。敵に噛みつけといわれても足がすくむだけだった。


 古兵殿を担いで密林の中を何日か進んだ夜のことだった。俺は食い物を探すため大きな木の根本に古兵殿を降ろして 一人でうろついた。途中、大きなトカゲを見かけたが素早い動きで逃げられてしまった。
 ガサガサッ!
 密林の木々が揺れる。俺は恐ろしくなって古兵殿を寝かせた木の根本へ走って戻った。歩兵銃は古兵殿と一緒に置い てきたので、俺の背には役に立たない擲弾筒がぶら下がっているだけだ。

 古兵殿を寝かせてある大きな木が見えてきた。ふと気が付くと、古兵殿の周りを何人かの兵隊が囲んでいるのが見え る。やった、味方だと思って喜び勇む俺に、弱っているとは思えない声で古兵殿が叫んだ。
 「バカヤロ、サブっ!コイツらは敵だっ!!早ぅ逃げろっ!!。」
 急に起きあがって叫んだ古兵殿に驚いたのか、敵兵が持つ小銃に着剣された銃剣がギラリと月明かりを反射させた。
 俺は見てしまった…古兵殿が敵の銃剣に串刺しにされるところを……
 他の兵隊達は俺に銃を向けて叫んだ。
 「Hey Stop! Don't Move!!

 俺は生まれて初めて怒りに目がくらんだ。敵兵の言うことなんか判りはしない。
 背中につるした擲弾筒を掴んで、俺は棍棒のように振りかざした…奴らの頭を叩き潰してやる。
 俺は走った。敵兵に向かって…銃弾が腹に食い込む痛みなど気が付かずに……




八九式擲弾筒(てきだんとう)
八九式擲弾筒
 昭和5年(1930年)制式採用。他国では小銃の先に付けて空砲により発射する擲弾筒が発達したが、 日本陸軍では単独兵器として発達した。これは小銃につけられる擲弾筒では小型の弾薬しか発射できないことや、通 常の手榴弾を発射できる利点を考えてのことであった。
 約800グラムの八九式榴弾を700メートル近く飛ばせるこの擲弾筒は、他国には無い小型軽量の近接支援火器 で、歩兵砲や山砲を持たない最小単位の部隊(小隊)などに配備することで、一応の成功を見た。特に中国大陸戦線 などではあちこちに点在する拠点を守備する小部隊が当擲弾筒を使用して、幾度もの敵の攻撃を退けることに成功し ている。威力自体は手で投げる手榴弾に毛が生えた程度のものであったが、破裂音だけは野砲なみに大きかったため、 敵兵が驚いて逃げ出すことも多々あったと伝えられる。
 八九式擲弾筒は弾薬に発射薬が装填されており、擲弾筒に着いた整度機によって飛距離を決めた。この整度機は撃 芯が信管を突く深さを決めるもので、これにより使用する発射薬の量が調整できる。
 止板を地面に付け約45度の角度で発射方向に向けたあとは、引き金を引く(引くと言うよりは掛け金を外すと言 った形であるが)だけで発射できる。使用弾薬は八九式榴弾の他に一式発煙弾や目標指示弾(信号弾)があるが、終 戦間際になってモンロー効果を利用した対装甲弾である五式穿孔榴弾も開発された。
 なお当ショートストーリーで述べたインパール作戦に、当擲弾筒が投入されたかどうかは定かではない。
 
全長:61センチ 重量:4.7キロ 口径:50mm 射程:120〜670m(八九式榴弾)、〜1,200m(九一式手榴弾)

と、いうことで2年間の沈黙を破り(笑)オリジナルストーリー第2弾を発表です。
今回は八九式擲弾筒が主人公なんだけど…一度も発射されてませんね(苦笑)、最期は棍棒替わりだし…
終わりも、なんだか終わり急いだ感じですが、ホントに終わり急いだだけなので…
しかし、何で文体が一昔前のハードボイルド調になっちゃうんでしょうねぇ(爆)


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