ヨークタウン(初代)型 航空母艦

"Yorktown(1)" Class Aircraft Carriers

アメリカ海軍


USS CV6 Enterprise
航空母艦「エンタープライズ(CV-6)」(1939年)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
エンタープライズ
第19号(2013.10.15)
航空母艦「エンタープライズ」1942年

スペックデータ(竣工時)
排水量:(満)25,484t ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×9基 燃料搭載量:重油2700t
全長:(全)246.71m
全幅:(船)25.38m 主機:Westinghouse式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:6.50m
出力:120,000hp
武装:
38口径5inch単装砲8基(Enterpriseは1943年修理の際に撤去)、
1.1inch4連装ポンポン砲4基(Hornetは40mm6連装ボフォース機関砲4基)、
航空機最大90機搭載可能
最大速力:34.0kt
航続距離:15ktで8,000浬
乗員定数:2,702名 飛行甲板:228.6×29.87m、昇降機3基

同型艦名(3隻)
ヨークタウン(初代)[Yorktown(1)]エンタープライズ[Enterprise]ホーネット(初代)[Hornet(1)]

ヨークタウン(初代)型航空母艦について
 1933年度計画で建造が開始された当艦は「レンジャー」の拡大改良型という位置づけであったが、煙突配置は艦橋と一体型に改められており、またエレベーターも三基に増設されている。また各部装甲の強化や機関の増強も施されており、以降建造される米正式空母のひな形として立派なものであった。なお最終艦「ホーネット」は建造着手時期が遅いため、若干の設計修正や新機軸導入が施されている。
 全艦とも第二次大戦においては太平洋戦線で活躍しているが、ネームシップ「ヨークタウン」は1942年6月のミッドウェー海戦直後、最終艦「ホーネット」も同年10月の南太平洋海戦(米側呼称:サンタ・クルーズ諸島海戦)にて戦没しており、二番艦「エンタープライズ」のみが激戦をくぐり抜け終戦までを戦い抜いており、米海軍史上最も多くの勲章を授けられた殊勲艦として語り継がれている。
 なお戦没した両艦の名称は後に就役した「エセックス」型航空母艦の姉妹艦にそれぞれ引き継がれているが、沈没した艦の名前を引き継ぐことをしなかった日本海軍は、これら後継艦の名前を傍受した無線通信の中で聞いたとき、沈めたはずの空母が生きていると驚いたと伝えられている。

ヨークタウン(初代)型航空母艦の歴史
ヨークタウン(初代)[Yorktown(1)](CV-5)
1934年 5月21日ニューポート・ニューズ造船にて起工
1936年 4月 4日進水
1937年 9月30日竣工
1938年〜カリブ海方面で各種訓練に従事
1939年 2月〜第2航空戦隊旗艦として米東海岸を拠点に活動
1940年 4月〜太平洋方面へ進出。対日本戦を意識した演習を実施
1941年春〜大西洋方面へ移動。独潜水艦に対する哨戒活動を実施
1941年末日本軍の真珠湾攻撃のため、太平洋方面へ移動する
1942年 1月〜サモア水域の哨戒活動に従事
      1月31日マーシャル諸島攻撃に参加
      5月 7日珊瑚海海戦に参加。日本機の攻撃を受け中破
      5月27日〜ハワイにて応急修理を実施。同30日ミッドウェーに向け出港
      6月 5日ミッドウェー海戦に参加。日本機の攻撃を受け大破
      6月 6日真珠湾に向け帰投中、「イ−168」潜の雷撃を受け沈没
エンタープライズ[Enterprise](CV-6)
1934年 7月16日ニューポート・ニューズ造船にて起工
1936年10月 3日進水
1938年 5月12日竣工
1939年〜カリブ海方面で各種訓練に従事
1941年12月初頭ウェーキ島への航空機輸送に従事。真珠湾攻撃の際はハワイへ向けて帰投中だった
     12月10日〜ハワイ周辺の哨戒活動を実施。「イ−70」潜を撃沈
1942年 1月〜ウェーキ島、マーシャル諸島攻撃に参加
      4月 8日〜日本本土空襲支援のため出港
      4月18日日本本土空襲を実施
      6月 5日ミッドウェー海戦に参加
      8月24日第二次ソロモン海戦(米側呼称:東部ソロモン海戦)に参加。中破する
      9月10日〜真珠湾にて修理を実施。完了は同年10月
     10月26日南太平洋海戦に参加。日本機の攻撃を受け中破
     10月30日〜ヌーメアにて応急修理を実施。完了は同年11月
     11月11日〜第三次ソロモン海戦(米側呼称:ガダルカナル海戦)に際して航空掩護のため出撃
     12月〜ソロモン近海にて船団空中掩護のため行動
1943年 7月20日〜ブレマートン海軍工廠にてオーバーホールを実施
     11月〜戦線へ復帰。マキン島などの航空支援に参加
1944年 1月29日〜クェゼリン島上陸作戦を支援
      2月17日トラック島空襲に参加
      2月20日〜ヤルート島、エミラウ島などの上陸作戦を支援
      6月19日〜マリアナ沖海戦(米側呼称:フィリピン海海戦)に参加
     10月20日台湾沖航空戦に参加
     10月23日比島沖海戦(米側呼称:レイテ湾海戦)に参加
1945年 2月〜日本本土空襲や硫黄島攻略に参加
      3月18日九州沖にて日本軍特攻機の攻撃を受け損傷
      4月 5日〜沖縄攻略作戦を支援
      4月11日沖縄沖にて日本軍特攻機の攻撃を受け損傷
      5月14日沖縄沖にて日本軍特攻機の攻撃を受け飛行甲板を大破
      6月 7日〜ブレマートン海軍工廠にて修理を実施
     10月〜終戦のため、復員兵輸送任務(マジックカーペット作戦)に従事
1946年 1月18日〜ニューヨーク海軍工廠にてモスボール処理が施される
1947年 2月17日除籍
1958年 7月 1日スクラップとして売却される
ホーネット(初代)[Hornet(1)](CV-8)
1939年 9月25日ニューポート・ニューズ造船にて起工
1940年12月14日進水
1941年10月20日竣工
1942年 2月 2日〜B-25爆撃機を搭載する実験に参加
      4月 2日〜B-25爆撃機を搭載し日本本土空襲のためサンフランシスコを出港
      4月18日日本本土空襲を実施
      6月 5日ミッドウェー海戦に参加
     10月26日南太平洋海戦に参加。日本機の攻撃を受け大破、航行不能となり放棄される
同日深夜、日本駆逐艦「巻雲」「秋雲」の雷撃により沈没
1943年 1月13日除籍


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