タンジール型 水上機母艦

"Tangier" Class Seaplane Tender

アメリカ海軍 アメリカ海軍


USS Tangier

USS Pocomoke
(上段)「タンジール」(1942年)/(下段)「ポーコモーク」(1943年)
スペックデータ(【 】内はPocomokeの数値)
排水量:(常)11,760t
     【(常) 8,950t】
ボイラー:Foster&Wheeler罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油1,309t
       【重油:1,313t】
全長:(全)149.96m
全幅:(船)21.18m 主機:De Laval式ギヤードタービン×1基、1軸推進
   【General Electric式タービン×1基、1軸推進】
吃水:7.24m
出力:8,500hp
   【9,350hp】
武装:
38口径5inch単装砲1基、50口径3inch単装高角砲4基、
40mm連装機関砲4基、水上機24機搭載(ヴォート「OS2U」、カーチス「SOC」等)
最大速力:16.5kt
      【17.0kt】
航続距離:不明
乗員定数:1,075名

同型艦名(2隻)
タンジール [Tangier]ポーコモーク [Pocomoke]

タンジール型 水上機母艦について

 第二次大戦が勃発した時点で、アメリカ海軍が保有している水上機母艦は「ライト」「ラングレー」の2隻だけであった。アメリカ海軍初の近代的水上機母艦として建造開始されていた「カーチス」型も戦争勃発により工事が急がれるようになったが、それでも戦力不足だとして海軍では貨物船を徴発して水上機母艦を追加することにした。
 戦時ということで既存の商船を転用することはできず、建造中だった貨物船を水上機母艦として完成させることにしているが、ベースとなっている船体の設計が異なっていたため(「タンジール」は米海事委員会MC型、「ポーコモーク」は米海事委員会C3型)、姉妹艦とはいえスペックは若干異なっている。

 建造が進んでいた「タンジール」は1940年に竣工し、太平洋戦争開戦時にはハワイを拠点としていたため、真珠湾攻撃の際に在泊していたが損傷を負わず、沈没した防空練習艦(旧戦艦)「ユタ」の生存者救助にあたっている。「ポーコモーク」は1941年に竣工しており、大西洋で行動していたが1942年に太平洋戦線へ移っている。両艦とも南太平洋などで島嶼攻略の支援を行い大戦を生き残ったが、終戦後まもなく除籍され1960年代にスクラップとして売却されている。


タンジール型水上機母艦の歴史
タンジール [Tangier](AV-8)
1939年 3月18日ムーア・ドライドック社[Moore Dry Dock Co.]にて
商船「シー・アロー」[SS Sea Arrow]として起工
       9月15日進水
1940年 7月 8日米海軍により徴発。同日付で艦籍へ編入
1941年 8月25日竣工。艦名を「タンジール」と改名(艦番AV-8)
      11月〜習熟訓練後、第2哨戒飛行隊[PatWing 2]配属となりハワイへ展開
      12月 7日真珠湾在泊中に日本軍の奇襲攻撃を受け防空戦闘を行う
隣接していた係留防空練習艦「ユタ」が炎上沈没したため、生存者救助を実施
      12月中旬〜ミッドウェーへの航空機輸送に従事
1942年 2月〜南太平洋などで飛行艇隊の支援を実施
1944年 2月〜南太平洋にて島嶼攻略戦の支援を実施
同年12月にはフィリピンへ進出、水難救助や航空攻撃の支援を実施
1945年 2月〜南シナ海などの哨戒任務に従事
       8月本国でオーバーホール中に戦争終結
      10月〜横須賀へ進出し、占領任務の支援を実施
1946年 4月本国へ帰還
1947年 1月退役。予備役艦となる
1961年 6月 1日除籍
1962年 1月10日スクラップとして売却。その後、貨物船として転売される
1962年以降〜自動車/コンテナ船に改修され、商船「デトロイト」[SS Detroit]となる
1974年12月廃船。解体処分される
ポーコモーク [Pocomoke](AV-9)
1939年 8月14日インガルス造船[Ingalls Shipbuilding and Dry Dock Co.]にて
商船「エクスチェーカー」[SS Exchequer]として起工
1940年 6月 8日進水
      10月16日米海軍により徴発
1941年 7月18日竣工。艦名を「ポーコモーク」と改名(艦番AV-9)
      12月〜南米大西洋岸にて哨戒任務に従事
1942年11月〜パナマ・サンフランシスコを経由してハワイへの輸送任務に従事
1943年 6月〜ニューカレドニアへ進出。偵察や哨戒任務に従事
1944年〜南太平洋にて島嶼攻略戦の支援を実施
1945年 2月〜フィリピンへ進出、水難救助や航空攻撃の支援を実施
       8月〜戦争終結に伴い、フィリピンにて占領任務の支援に従事
1946年 2月本国へ帰還
       7月10日退役。予備役艦となる
1961年 6月 1日除籍
      12月12日スクラップとして売却。後に解体処分


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