サウスダコタ型 戦艦

"South Dakota" Class BattleShips

アメリカ海軍


USS BB-57 South Dakota
スペックデータ(BB-57:South Dakota、BB-58:Indiana、BB-59:Massachusetts、BB-60:Alabamaのデータ)
排水量:(満)
  (BB-57)46,218t
  (BB-58)45,610t
  (BB-59)47,006t
  (BB-60)45,200t
ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×8基(BB-57、BB-59)
  もしくはFoster Wheeler罐・重油専焼×8基(BB-58、BB-60)
燃料搭載量:不明
全長:(全)
  (BB-57)207.38m
  (BB-58)207.26m
  (BB-59)207.51m
  (BB-60)207.09m
全幅:(BB-57)32.96m
  (BB-58)32.97m
  (BB-59)32.98m
  (BB-60)32.96m
主機:General Electric式ギヤードタービン×4基、4軸推進(BB-57、BB-59)
 もしくはWestinghouse式ギヤードタービン×4基、4軸推進(BB-58、BB-60)
吃水:(BB-57)11.07m
  (BB-58)11.02m
  (BB-59)11.20m
  (BB-60)11.02m
出力:130,000hp
武装:
45口径16inch3連装砲3基、38口径5inch連装砲8基(BB-57、他艦は10基)、
75口径1.1inch4連装砲7基(BB-57、他艦は56口径40mm4連装ボフォース
機関砲6基(後に12〜18基へ増加)
最大速力:27.8kt
航続距離:15ktで17,000浬
乗員定数:1,793名
(終戦時は2,354名)

同型艦名(4隻)
サウス・ダコタ[South Dakota]インディアナ[Indiana]
マサチューセッツ[Massachusetts]アラバマ{Alabama]

サウスダコタ型戦艦について
 条約明けにより戦艦の新造が可能となったアメリカ海軍が久しぶりに建造を行った 「ノース・カロライナ」型戦艦に 続いて建造された戦艦。基本的に「ノース・カロライナ」型の発展改良型であるが、旧式艦のデザインを引き 継いでいた「ノース・カロライナ」型と異なり、艦橋と一体化した集合煙突や強力な防御装甲など新型戦艦と して恥ずかしくないスタイルをした艦に仕上がっている。
 アメリカ戦艦はパナマ運河の通過という設計上のネックを持っているため全長・全幅のサイズに制限があ るが、当艦はこの制限内で最大の兵装と防御を施されている。「ノース・カロライナ」型よりも艦幅が広がっ ているが機関出力の増加により速度低下がほとんど無いのも見逃せない。
 全艦とも対日戦開戦後に竣工しており、竣工直後から各戦線で使用されている。ネームシップである 「サウスダコタ」は第3次ソロモン海戦の際に照射艦(夜戦に際して敵艦をサーチライトで照射する任務の 艦。目立つため標的になりやすい)として使用されたため日本艦隊からの集中砲火を浴びたが、強力な防御 装甲のため沈没は免れ、修理の後戦線へ復帰している。
 第二次大戦後に保管船となり、1960年代に除籍・スクラップとなる運命にあったが、「マサチューセ ッツ」と「アラバマ」は記念艦として保存されることになり、現在もその勇姿を見ることが出来る。

サウスダコタ型戦艦の歴史
サウスダコタ[South Dakota](BB-57)
1939年 7月 5日ニューヨーク海軍工廠にて起工
1941年 6月 7日進水
1942年 3月20日竣工
      8月〜太平洋艦隊に所属。ガダルカナル攻略作戦を支援
     10月26日南太平洋海戦(米軍呼称サンタクルーズ諸島海戦)に参加。中破
     11月14日第3次ソロモン海戦(米軍呼称ガダルカナル海戦)に参加。大破
1943年 3月〜修理完了後、大西洋戦線へ。英艦隊と共同作戦に従事
      8月〜太平洋戦線へ戻る
     11月〜ギルバート諸島攻略作戦を支援
1944年 1月〜マーシャル諸島攻略作戦を支援
      2月17日トラック島空襲に参加
      6月19日マリアナ沖海戦に参加。小破
1945年 2月硫黄島攻略作戦を支援
      3月〜沖縄上陸作戦を支援
      8月〜日本本土への攻撃を支援。停戦後は占領のため東京湾へ碇泊
1947年 1月 9日退役。保管船としてモスボールされる
1962年 6月 1日除籍。同年10月スクラップとして売却された
インディアナ[Indiana](BB-58)
1939年11月20日ニューポートニューズ造船にて起工
1941年11月21日進水
1942年 4月30日竣工
     11月〜太平洋艦隊に所属。南太平洋方面で作戦に従事
1943年11月〜ギルバート諸島攻略作戦を支援
1944年 1月〜マーシャル諸島攻略作戦を支援
      2月 1日戦艦「ワシントン」と衝突事故をおこし損傷
      6月19日マリアナ沖海戦に参加
1945年 2月硫黄島攻略作戦を支援
      3月〜沖縄上陸作戦を支援
      8月〜日本本土への攻撃を支援。停戦後は占領のため東京湾へ碇泊
1947年 1月 9日退役。保管船としてモスボールされる
1962年 6月 1日除籍。1964年スクラップとして売却された
マサチューセッツ[Massachusetts](BB-59)
1939年 7月20日ベスレヘム・スチール社にて起工
1941年 9月23日進水
1942年 5月12日竣工
     10月〜大西洋艦隊に所属
     11月 8日トーチ作戦(北アフリカ上陸作戦)を支援
1943年前半太平洋戦線へ移動
     11月〜ギルバート諸島攻略作戦を支援
1944年 1月〜マーシャル諸島攻略作戦を支援
1944年中頃オーバーホールを実施。戦線復帰は同年8月
     10月12日台湾沖航空戦に参加
     10月23日サマール島沖海戦に参加
     12月フィリピン攻略作戦を支援
1945年 1月台湾攻撃、リンガエン上陸作戦等を支援
      2月硫黄島攻略作戦を支援
      3月沖縄上陸作戦を支援
      6月南大東島砲撃を実施
      7月〜日本本土(釜石)への砲撃を実施。WW2最後の対地砲撃となった
1947年 3月退役。保管船としてモスボールされる
1962年 6月 1日除籍。1965年マサチューセッツ州フォールリバーで記念艦として公開開始
1998年11月錆や損害の修理のためボストンへ回航される。現在もフォールリバーで公開中
アラバマ[Alabama](BB-60)
1940年 2月 1日ノーフォーク海軍工廠にて起工
1942年 2月16日進水
1942年 8月16日竣工
1943年 2月〜大西洋艦隊に所属。北大西洋方面で作戦に従事
      6月スピッツベルゲン島守備隊支援のため英本国艦隊と共同作戦
      7月ガヴァナー作戦(独戦艦ティルピッツ誘い出し作戦)に参加
      8月〜オーバーホールを実施の後、11月に太平洋戦線へ移動
     11月〜ギルバート諸島攻略作戦を支援
     12月ナウル島を砲撃
1944年 1月メンテナンスのため真珠湾の乾ドックへ入渠。同月中に戦線へ復帰
      1月〜マーシャル諸島攻略作戦を支援
      6月19日マリアナ沖海戦に参加
     10月12日台湾沖航空戦に参加
     10月23日サマール島沖海戦に参加
     12月〜オーバーホールを実施。戦線復帰は翌年4月
1945年 5月〜沖縄攻略、日本本土攻撃を支援
      6月南大東島砲撃を実施
      7月日本本土(水戸)への砲撃を実施
      8月〜停戦後、日本本土に収容されていた米兵捕虜の本土移送に従事
1947年 1月 9日退役。保管船としてモスボールされる
1962年 6月 1日除籍。1964年アラバマ州モービルで記念艦として公開開始


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