砲艦 サクラメント

Gunboat "Sacrament"

アメリカ海軍 アメリカ海軍


USS Sacrament
砲艦「サクラメント」(1924年)
スペックデータ(データは第二次大戦時のもの)
排水量:(常)1,425t ボイラー:Babcock&Wilcox罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 428t
全長:(全)69.0m
全幅:12.5m 主機:三段膨張式レシプロ機関×1基、1軸推進
吃水:3.5m
出力:950hp
武装:
50口径4inch(10.2cm)単装砲4基、3pdr(47mm)単装砲2基、
1pdr(37mm)単装機関砲1基
最大速力:12.0kt
航続距離:巡航で4,000浬
乗員定数:171名

同型艦名(1隻)
サクラメント [Sacrament] 

砲艦サクラメントについて

 1911年に計画された航洋型砲艦。カリブ海方面で行動するデンバー型防護巡洋艦の代替で安価に建造できる艦として計画された。議会で承認された予算案では50万ドルという目標コストが示されたため、速度や航続距離を若干犠牲にしてコストを抑えることとなった(実際に発注契約時には49万2500ドルで契約されている)。
 竣工当初には主砲として4インチ単装砲2基のほか、3インチ砲4基を搭載したが、1921年に主砲を1基増やし、3インチ砲を撤去して儀礼用の3ポンド礼砲2基と1ポンド機関砲2基が装備された。

 第一次大戦では欧州方面への船団護衛に従事し、戦争終結後の1920年代以降はアジア方面とカリブ海方面を行き来して権益保護などに従事している。第二次大戦が始まると五大湖にて訓練任務に従事したが、太平洋の状況が不穏になるとハワイへ進出した。日本軍の真珠湾攻撃に際して真珠湾で対空戦闘を行っており、損傷を負わなかった当艦はその後他艦の救助・引き揚げに従事している。
 終戦後の1946年2月に退役し、翌年イタリアへ民間商船として売却された。


砲艦サクラメントの歴史
サクラメント [Sacrament](PG-19)
1913年 4月30日ウィリアム・クランプ社[William Cramp and Sons Shipbuilding Co.]にて起工
1914年 2月21日進水
       4月26日竣工。「サクラメント(砲艦19号)」として就役
       5月〜カリブ海にて権益保護や警備任務に従事
1917年 3月〜第一次大戦参戦により、欧州への船団護衛などに従事
1918年12月本国へ帰還し、オーバーホールを実施
1919年 5月〜ムルマンスクへ進出。国境地帯からの米軍撤退を支援
1920年 7月17日砲艦へ類別。艦番を「PG-19」とする
1922年アジア艦隊へ転属。フィリピンや中国、日本などへ巡航
1920年代後半カリブ海へ転属。西インド諸島やパナマ方面へ巡航
1932年 4月〜アジア艦隊へ転属。中国などで権益保護に従事
1939年初頭〜本国へ帰還。五大湖などで訓練任務に従事
1939年末〜オーバーホールを実施
1941年 8月〜真珠湾へ転属。警備任務などに従事
      12月 7日対日戦勃発。真珠湾攻撃に際し対空戦闘を行う
1942年10月〜本国へ帰還。西海岸で哨戒任務などに従事
1946年 2月 6日退役。戦時海運管理事務局へ移管
1947年 8月23日イタリアへ商船として売却。商船「フェルミナ」[Fermina]となる


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2016,11,25