グアム(ウェーキ)型 砲艦

"Guam(ex Wake)" Class (River)Gunboat

アメリカ海軍 他 アメリカ海軍 日本海軍 中国国府軍 人民軍海軍


USS Guam
砲艦「グアム」(1930年頃)
スペックデータ(第二次大戦勃発時ごろ)
排水量:(常)350t ボイラー:Thornycroft罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:不明
全長:(全)48.59m
全幅:8.26m 主機:三段膨張式レシプロ機関(950hp)×2基、2軸推進
吃水:1.55m
出力:1,900hp
武装:
50口径7.6cm単装砲2基、7.7mm軽機関銃8基
最大速力:14.5kt
航続距離:不明
乗員定数:70名

同型艦名(2隻)
グアム [Guam]
(後にウェーキ [Wake])
ツツイラ [Tutuila] 

グアム(ウェーキ)型砲艦について

 アメリカ海軍が中国大陸での権益保護やプレゼンス([presence]。進駐を行うことで軍事的・経済的に影響力を持つこと)を行うため、1920年代に計画建造した河川用砲艦のうち、最初に建造された2隻が当クラスである。
 他国の河川用砲艦と同様に吃水の浅い小型艇で、備砲も3インチのものが2門と最低限の武装しか施されていなかったが、揚子江周辺での米国人保護や、中国大陸における日本軍の動向監視など重要な任務に従事した。

 1941年になると日中戦争の激化により根拠地としていた漢口(現在の中国武漢市の一部)も危険となったため、連絡艦として「ウェーキ」を上海へ残し、アメリカ海軍揚子江艦隊はフィリピンへ脱出した。
 対日戦(太平洋戦争)が勃発すると同時に、上海にあった「ウェーキ」は日本軍により拿捕され、後に日本海軍へ砲艦「多々良」として編入されている。同時に降伏を拒否した英砲艦「ペトレル」は日本軍に撃沈された。
 「ツツイラ」は1942年に中国国府軍へ貸与され終戦まで戦っているが、戦後は共産軍(人民軍)に鹵獲されている。また「多々良」も終戦時に国府軍に接収された後、共産軍の手に渡っている。


グアム(ウェーキ)型砲艦の歴史
グアム [Guam](PG-43 → PR-3)
1926年上海の江南造船所[Jiangnan Dock and Engineering Works]にて起工
1927年 5月28日進水
      12月28日竣工。砲艦「グアム」(艦番PG-43)として就役
1928年 6月15日艦種類別を河川用砲艦とし、艦番をPR-3へ変更
1930年代アメリカ権益および自国民保護のため揚子江周辺で活動
1941年 1月23日艇名を「ウェーキ」と改名
      11月一部乗員を他艦に同行させフィリピンへ脱出
 以降の経歴については、日本海軍砲艦「多々良」の項を参照
ツツイラ [Tutuila](PG-44 → PR-4)
1926年10月17日江南造船所にて起工
1927年 6月14日進水
1928年 3月 2日竣工。砲艦「ツツイラ」(艦番PG-44)として就役
1928年 6月15日艦種類別を河川用砲艦とし、艦番をPR-4へ変更
1930年代アメリカ権益および自国民保護のため揚子江周辺で活動
1940年 5月 8日重慶付近にて座礁、損傷。同月13日に離礁
1941年11月〜フィリピンへ向け脱出
1942年 1月18日退役。中国国府軍へ引き渡す準備を行う
       2月16日国府軍へ貸与。艦名を「メイユアン」[美原 (Mei Yuan)]と改名
       3月26日米海軍除籍
1948年 2月17日供与(完全譲渡)へ移行
1949年 5月頃国共内戦にて共産軍が上海占領した際に自沈、その後共産軍に鹵獲


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