アッシュヴィル(初代)型 砲艦

"Asheville(1)" Class Gunboat

アメリカ海軍 アメリカ海軍


USS Asheville
USS Tulsa
(上段)砲艦「アッシュヴィル」(1920年代後半)/(下段)砲艦「タルサ」(1938年)
スペックデータ
排水量:(常)1,575t ボイラー:Thornycroft罐・石炭専焼×3基
     (後に重油混焼に改装)
燃料搭載量:石炭 420t
全長:(全)73.5m
全幅:12.6m 主機:Parsons式蒸気タービン×1基、1軸推進
吃水:3.4m
出力:850hp
武装:
50口径10.2cm単装砲3基(第二次大戦中に50口径3inch単装砲4基を追加)
(Tulsaは1946年に主砲をMk.9からMk.12へ換装)
最大速力:12.0kt
航続距離:巡航速度で2,000浬
乗員定数:159名

同型艦名(2隻)
アッシュヴィル(初代)[Asheville(1)]タルサ[Tulsa] 

アッシュヴィル(初代)型砲艦について

 第一次大戦末期に建造された航洋型砲艦。旧来の思想(重武装は施さない。吃水は浅い。海外での国威発揚のため内装は華美など)による航洋型砲艦としては、アメリカ海軍最後の艦といっても過言では無い(以後に建造された砲艦は、河川用もしくは護衛任務兼用の重武装・高速型であった)。
 竣工は第一次大戦の終結に間に合わなかったが、1920年以降は中南米やアジア方面へ展開し、アメリカの権益保護などに従事している。

 第二次大戦が勃発すると極東での緊張も高まったため、当クラスを含むアメリカ海軍極東艦隊は中国からフィリピンへ移動したが、対日戦(太平洋戦争)が勃発するとフィリピンも危険となり、蘭領インドシナを経て退却している。「アッシュヴィル」は撤退途中にジャワ島沖で日本艦隊に捕捉され撃沈されたが、「タルサ」は終戦まで生き残り、終戦直後に廃船となった。


アッシュヴィル(初代)型砲艦の歴史
アッシュヴィル(初代)[Asheville(1)](PG-21)
1917年 6月 9日(1918年とする資料もある)
チャールストン海軍工廠[Charleston Navy Yard]にて起工
1918年 7月 4日進水
1920年 7月 6日竣工
       7月17日艦種記号制定により艦番「PG-21」が付与
1920年代〜中国ステーションやフィリピン、カリブ海などで任務に従事
1930年代末日中戦争や第二次大戦により中国大陸での行動に制限がでてきたため、
フィリピンへ後退
1941年12月対日戦勃発。フィリピンへ日本軍が迫ったため蘭領インドネシアへ撤退
1942年 3月ジャワ島を脱出。オーストラリアへ向け退却行動
       3月 3日ジャワ島南方沖にて日本艦隊の攻撃を受け沈没
       5月 8日除籍
タルサ[Tulsa](PG-22)
1919年12月 9日チャールストン海軍工廠にて起工
1922年 8月25日進水
1923年12月 3日竣工
1920年代〜中国ステーションやフィリピン、カリブ海などで任務に従事
1930年代末日中戦争や第二次大戦により中国大陸での行動に制限がでてきたため、
フィリピンへ後退
1941年12月対日戦勃発。フィリピンへ日本軍が迫ったため蘭領インドネシアへ撤退
1942年 3月ジャワ島を脱出。オーストラリアへ向け退却行動
1942年後半〜オーストラリアへ撤退後は周辺海域の護衛や哨戒任務に従事
1944年11月フィリピンへ進出
      12月18日艦名を「タクロバン」[Tacloban]と改名
1945年末終戦後、ハワイ経由で本国へ帰還
1946年 3月 6日退役
       4月17日除籍。後に戦時海運管理事務局経由で解体のため売却


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