オマハ型 軽巡洋艦

"Omaha" Class Light Cruisers

アメリカ海軍


USS CL4 Omaha
スペックデータ
排水量:(満)7,200t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×12基 燃料搭載量:不明
全長:(全)169.29m
全幅:16.84m 主機:メーカー不詳蒸気タービン×4基、4軸推進
吃水:4.09m
出力:90,000hp
武装:
53口径6inch連装砲2基、同単装砲8基(後に連装砲2基、
単装砲6基、50口径3inch単装砲4基へ改修された)、21
inch魚雷3連装発射管2基、機雷224個搭載、水偵2機搭載
最大速力:34.0kt
航続距離:15ktで9,000浬
乗員定数:800名

同型艦名(10隻)
オマハ[Omaha]ミルウォーキー[Milwaukee]シンシナティ[Cincinnati]
ローリー[Raleigh]デトロイト[Detroit]リッチモンド[Richmond]
コンコード[Concord]トレントン[Trenton]マーブルヘッド[Marblehead]
メンフィス[Memphis]  

オマハ型軽巡洋艦について
 アメリカ海軍が最初から軽巡洋艦(艦種記号CL)として完成させた初めての艦(これ以前に建造された 同程度クラスの「チェスター」型は当初偵察巡洋艦(スカウト・クルーザー)として建造され、就役後に 軽巡洋艦へ類別変更されている)。
 1916年度計画から3カ年に渡り建造が行われ、当初は「チェスター」型と同様に偵察が主任務と 考えられていたが、同時期に大量に建造されたフラッシュデッカー型駆逐艦を率いる水雷戦隊旗艦とし ての任務も追加された。これは日本海軍が初めて建造した軽巡洋艦 「天龍」型と同様の流れ であるが、この時期に建造された「天龍」型や英国の「C」型軽巡よりも大きな船体を持っていたため 水偵を搭載するなど余裕のある部分が見受けられる。
 第二次大戦では北太平洋や南大西洋など幅広い戦線に投入され、水雷戦隊の指揮や船団護衛などに従事 し、老朽艦ながら全艦が終戦まで生き残っている。全艦とも終戦直後に除籍となっているが、2番艦「ミ ルウォーキー」は大戦末期にソビエトへ貸与され、「ムルマンスク」[Мурманск:Murmansk]の名 で終戦後まで使用されているため、除籍は米国へ返還後の1949年となっている。

オマハ型軽巡洋艦の歴史
オマハ[Omaha](CS-4/CL-4)
1918年12月 6日シアトル造船にて偵察巡洋艦(CS-4)として起工
1920年 7月17日軽巡洋艦(CL-4)へ類別変更
     12月14日進水
1923年 2月24日竣工
 大西洋艦隊に所属し、各種任務に従事
1941年12月〜大西洋艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1944年 3月ナポリへ移動
      6月フランス南部への上陸作戦を支援
      8月ツーロン砲撃を支援
1945年 8月南大西洋にて哨戒任務従事中に終戦を迎える
     11月 1日退役(除籍は11月28日)
1946年 2月スクラップとして解体処分される
ミルウォーキー[Milwaukee](CS-5/CL-5)
1918年12月13日シアトル造船にて偵察巡洋艦(CS-5)として起工
1920年 7月17日軽巡洋艦(CL-5)へ類別変更
1921年 3月24日進水
1923年 6月20日竣工
 太平洋艦隊に所属し、各種任務に従事
1938年 1月〜日本軍による砲艦「パネー」[Panay]の誤爆(パネー号事件)を受け極東へ展開
1941年12月〜ニューヨーク海軍工廠にてオーバーホール中に太平洋戦争勃発
     12月31日〜オーバーホール完了。南大西洋方面の哨戒任務に従事
1942年 5月19日独潜水艦に撃沈されたブラジル商船「コマンダンテ・ライラ」の乗員を救助
     11月21日独輸送船「アナリーゼ・エッセンベルガー」を攻撃、撃沈
1943年 5月〜ニューヨーク海軍工廠にて修理を実施。完了は翌年初頭
1944年 4月20日ソビエト海軍へ貸与され、艦名を「ムルマンスク」と改名
 北海にて船団護衛任務や哨戒に従事
1949年 3月16日米国へ返還され、同日付けで除籍
     12月10日スクラップとして売却される
シンシナティ[Cincinnati](CS-6/CL-6)
1920年 5月15日シアトル造船にて偵察巡洋艦(CS-6)として起工
      7月17日軽巡洋艦(CL-6)へ類別変更
1921年 5月23日進水
1924年 1月 1日竣工
 主にカリブ海で任務に従事
1941年 3月〜第二次大戦勃発のため、西大西洋の警備活動に従事
     12月アメリカ参戦のため戦争状態へ突入。警護活動を続行
1942年11月21日独輸送船「アナリーゼ・エッセンベルガー」を攻撃、撃沈
1944年 1月〜ニューヨーク海軍工廠にて修理を実施。完了は同年3月
1945年夏〜終戦のため、海軍兵学校の練習船となる
     11月 1日退役(除籍は翌年2月27日)
1946年 2月27日スクラップとして売却される
ローリー[Raleigh](CL-7)
1920年 8月16日ベスレヘム・スティール社にて起工
1922年10月25日進水
1924年 2月 6日竣工
      2月26日〜ニューヨーク海軍工廠にて最終調整を実施。就役は同年7月
 主に北大西洋やカリブ海で任務に従事
1936年 9月〜スペイン内乱に際し、自国民避難のため派遣される
1941年12月 7日真珠湾に停泊中、日本軍の奇襲攻撃を受け中破
1942年 2月〜メアーアイランド社にて修理を実施。完了は同年7月
     11月 3日ギルバート諸島近海で日本の哨戒特務艇を発見、撃沈する
1943年 1月〜北太平洋にて船団護衛、哨戒任務に従事
      8月キスカ島攻略作戦に参加
1944年 2月北方領土への砲撃を実施
      6月 6日機関部爆発事故のため損傷
      7月〜海軍兵学校の練習船となり、訓練任務に従事
1945年11月 2日退役(除籍は同月28日)
1946年 2月27日スクラップとして売却される
デトロイト[Detroit](CL-8)
1920年11月10日ベスレヘム・スティール社にて起工
1922年 6月20日進水
1923年 7月31日竣工
 主に東海岸、カリブ海で任務に従事
1941年根拠地を真珠湾に移す
     12月 7日真珠湾にて日本軍の奇襲攻撃を受けるが損傷軽微。日本艦隊の捜索に出撃
     12月10日〜ハワイ〜本国間の船団護衛任務に従事
1943年 1月アムチトカ島上陸作戦を支援
      4月アッツ島攻撃に参加
      8月キスカ島攻略作戦に参加
1945年 9月東京湾にて進駐軍への補給部隊指揮艦として任務に従事
     10月15日復員兵輸送のため東京湾を出港
1946年 1月11日退役(除籍は同月21日)。同年末スクラップとして売却される
リッチモンド[Richmond](CS-9/CL-9)
1920年 2月16日ウィリアム・クランプ&サンズ社にて偵察巡洋艦(CS-9)として起工
      7月17日軽巡洋艦(CL-9)へ類別変更
1921年 9月29日進水
1923年 7月 2日竣工
 主にカリブ海方面で任務に従事
1941年根拠地を真珠湾に移し、偵察部隊旗艦となる
      7月〜米西海岸にて中立パトロールを実施
     12月アメリカ参戦のため戦争状態へ突入。警護活動を続行
1943年北太平洋にて島嶼攻略戦を支援
      3月27日アッツ島沖海戦に参加
      4月アッツ島攻撃に参加
      8月キスカ島攻略作戦に参加
1944年 2月クリル諸島への砲撃を実施
1945年12月21日退役(除籍は翌年1月21日)
1946年12月スクラップとして売却される
コンコード[Concord](CS-10/CL-10)
1920年 3月29日ウィリアム・クランプ&サンズ社にて偵察巡洋艦(CS-10)として起工
      7月17日軽巡洋艦(CL-10)へ類別変更
1921年12月15日進水
1923年11月 3日竣工
 主にカリブ海、太平洋方面で任務に従事
1941年12月〜サンディエゴにてオーバーホール中に太平洋戦争勃発
1942年 2月〜オーバーホール完了。南太平洋、南アメリカ近海の警護任務に従事
1944年 2月クリル諸島への砲撃を実施
      4月〜北太平洋にて哨戒任務に従事
1945年 9月 8日進駐任務として大湊へ入港。占領要員を上陸させる
     12月12日除籍。47年スクラップとして売却される
トレントン[Trenton](CL-11)
1920年 8月20日ウィリアム・クランプ&サンズ社にて起工
1923年 4月16日進水
1924年 4月19日竣工
 主に地中海、カリブ海で任務に従事
     10月中旬砲塔爆発事故により火災発生するも損傷は軽微(死者複数)
1936年スペイン内乱に際し、スペイン近海のパトロールを実施
1940年 7月ナチによる弾圧を逃れるルクセンブルグ王室を米国へ輸送する
1941年12月アメリカ参戦のため戦争状態へ突入。パナマ地帯の警護活動に従事
1944年 7月〜アリューシャン海域へ展開
      9月〜北千島列島などへの攻撃を実施
1945年12月20日退役(除籍は翌年1月21日)
1946年12月29日スクラップとして売却される
マーブルヘッド[Marblehead](CL-12)
1920年 8月 4日ウィリアム・クランプ&サンズ社にて起工
1923年10月 9日進水
1924年 9月 8日竣工
 主に地中海、太平洋で任務に従事
1938年〜極東艦隊に所属し、フィリピンを中心に活動
1941年12月 7日ボルネオ停泊中に太平洋戦争勃発、戦争状態に突入する
1942年 2月 4日ジャワ沖海戦に参加。日海軍陸攻の攻撃を受け小破
1942年 5月〜ニューヨーク海軍工廠にて修理を実施。完了は同年10月
     10月〜南大西洋での警護活動に従事
1944年 8月〜南フランス上陸作戦を支援
1945年〜海軍兵学校の練習艦として使用される
     11月 1日退役(除籍は同月28日)
1946年 2月27日スクラップとして解体処分される
メンフィス[Memphis](CL-13)
1920年10月14日ウィリアム・クランプ&サンズ社にて起工
1924年 4月17日進水
1925年 2月 4日竣工
 主にカリブ海、太平洋で任務に従事
1939年 8月〜アラスカ沖にて警戒活動に従事
     12月アメリカ参戦のため戦争状態へ突入。警護活動を続行
1945年 1月〜ヤルタ会談のためVIPを乗せて航海する
     12月17日退役(除籍は翌年1月8日)
1946年12月18日スクラップとして売却される


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