ブルックリン型 軽巡洋艦

"Brooklyn" Class Light Cruisers

アメリカ海軍


USS CL43 Nashville
スペックデータ(【 】内はBrooklyn、Philadelphia、Honoluluのデータ)
排水量:(満)12,300t ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:不明
全長:(全)185.39m
全幅:18.72m
   【21.11m】
主機:Westinghouse式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:6.83m
出力:100,000hp
武装:
47口径6inch3連装砲5基、25口径5inch単装高角砲8基(Honoluluと
Savannahは38口径5inch連装高角砲4基)、56口径40mmボフォース機
関砲16門、70口径20mmエリコン機関砲24門(機関砲門数は各艦で異
なるため同型艦中の最大数を記載)、水偵6機(通常は4機)搭載
最大速力:32.5kt
航続距離:15ktで14,500浬
乗員定数:950〜1,200名

同型艦名(7隻)
ブルックリン[Brooklyn]フィラデルフィア[Philadelphia]サヴァンナ[Savannah]
ナッシュビル[Nashville]フェニックス[Phoenix]ボイシ[Boise]
ホノルル[Honolulu]  

ブルックリン型軽巡洋艦について
 日本海軍はロンドン条約の砲口径制限を受け、後に重巡洋艦へ転換することを目的として軽巡洋艦 「最上」型の建造を開始 した。この「最上」型に搭載された5基の3連装砲塔という強力な火力に危惧を抱いたアメリカ海軍は 「最上」型に対抗した大型の軽巡洋艦を建造することにした。
 1933年度計画から建造が開始された当クラスはロンドン条約の制限枠一杯を使って設計されてお り、「オマハ」型と比べると 一回りも二回りも大きな船体は重巡洋艦に匹敵するサイズを持っていた。 主砲は6インチ砲の3連装砲塔を5基搭載しており「最上」型と同等であるが、際だっているのは水偵 の搭載機数で「最上」型の倍となる6機が搭載可能(ただし通常は4機しか搭載しなかった)となっている。 これはアメリカ海軍が早々と巡洋艦への魚雷発射管装備を取りやめたことによって艦上のスペースに余 裕ができたことが大きな要因であろう。
 第二次大戦では姉妹艦全艦とも過酷な戦いを生き残り、「サヴァンナ」と「ホノルル」以外の艦は後 に南米諸国へ売却され戦後もしばらくの間第一線で活躍した。

ブルックリン型軽巡洋艦の歴史
ブルックリン[Brooklyn](CL-40)
1935年 3月12日ニューヨーク海軍工廠にて起工
1936年11月30日進水
1937年 9月30日竣工
1941年 5月〜大西洋艦隊に所属し、任務に従事
     12月 7日〜第二次大戦参戦のため、戦争状態に突入
1942年11月〜連合軍の北アフリカ上陸を支援
1943年 7月〜シシリー島上陸を支援
1944年 1月〜アンツィオ上陸、フランス南部攻撃を支援
     12月〜ニューヨーク海軍工廠にてオーバーホールを実施。完了は翌年5月
1945年 6月〜本土東海岸で訓練に従事。終戦のため軍事作戦には参加せず
1946年 1月30日退役。保管船となる
1951年 1月 9日チリ海軍へ売却され、チリ海軍艦「オヒギンズ」[O'Higgins]と改名
1975年 8月退役。近代化改修工事を実施
1978年再就役
1992年 1月14日除籍。同年11月スクラップとして売却されるが、回航中にインド洋で沈没
フィラデルフィア[Philadelphia](CL-41)
1935年 5月28日フィラデルフィア海軍工廠にて起工
1936年11月17日進水
1937年 9月23日竣工
 主に太平洋、カリブ海にて任務に従事
     12月 7日〜第二次大戦参戦のため、戦争状態に突入
1942年 2月〜大西洋にて船団護衛任務に従事
     11月〜連合軍の北アフリカ上陸を支援
1943年 7月〜シシリー島上陸を支援
     11月〜サレルノ上陸を支援。同月9日独軍機の爆撃至近弾を受けるも損傷軽微
1944年 1月〜アンツィオ上陸、フランス南部攻撃を支援
1945年 7月〜ポツダム会議出席のためトルーマン大統領の警護艦となる
1946年 1月 9日フィラデルフィアにて任務を解かれる。実際の退役は翌年2月3日
1951年 1月 9日ブラジル海軍へ売却され、「バーロソ」[Barroso]と改名
1973年ブラジル海軍籍を除籍。翌年スクラップとして売却される
サヴァンナ[Savannah](CL-42)
1934年 5月31日ニューヨーク造船にて起工
1937年 5月 8日進水
1938年 2月10日竣工
 主に太平洋、カリブ海にて任務に従事
     12月 7日〜第二次大戦参戦のため、戦争状態に突入
1942年 1月〜バミューダ海にて哨戒任務に従事
     11月〜連合軍の北アフリカ上陸を支援
1943年 1月〜南米沖にて独商船に対する哨戒任務に従事
      7月〜アルジェリア上陸、シシリー島上陸を支援
      9月11日独軍滑空爆弾による攻撃を受け損傷
     12月〜フィラデルフィア海軍工廠にて修理を実施。完了は翌年9月
1945年 1月〜ヤルタ会談のためルーズベルト大統領をクリミア半島へ護送する
      6月〜海軍士官学校の練習艦として使用される
     11月〜復員兵の輸送任務に従事
1946年 4月22日退役。保管船となる
1959年 3月 1日除籍。66年1月スクラップとして売却される
ナッシュビル[Nashville](CL-43)
1935年 1月24日ニューヨーク造船にて起工
1937年10月 2日進水
1938年 6月 6日竣工
 主に太平洋、カリブ海にて任務に従事
1941年 8月〜大西洋、カリブ海にて中立哨戒(参戦後は船団護衛)に従事
1942年 4月〜東京空襲の機動部隊に所属し空母を護衛
      4月18日犬吠埼東方にて日特設監視艇「第二十三日東丸」を撃沈する
      6月〜北太平洋方面にて哨戒任務に従事
1943年 1月〜ムンダ、コロンバンガラへの攻撃を支援
      5月14日コロンバンガラへの攻撃実施中に前部砲塔内で装薬爆発事故をおこし損傷
     10月〜ニューギニア、アドミラルティ諸島への攻撃を支援
1944年 6月 4日日本軍機の攻撃を受け損傷
     10月〜レイテ島上陸、ミンドロ島攻撃を支援
     12月13日ミンドロ島沖にて日本軍特攻機の攻撃を受け損傷
1945年 5月〜ブルネイ湾で上陸を支援。ボルネオ、マカッサル海峡などで哨戒任務に従事
      9月〜終戦のため上海へ進出。同年11月に復員兵を乗せ本土へ帰還
1946年 6月24日退役。保管船となる
1951年 1月 9日チリ海軍へ売却され、チリ海軍艦「カピタン・プラト」[Capitan Prat]と改名
1981年 5月チリ海軍籍除籍。86年スクラップとして売却される
フェニックス[Phoenix](CL-46)
1935年 4月15日ニューヨーク造船にて起工
1938年 3月12日進水
     10月 3日竣工
 主に太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜第二次大戦参戦のため、戦争状態に突入
1942年 2月〜インド洋方面にて哨戒任務、護衛任務に従事
1943年12月〜南太平洋へ転戦。ニュー・ブリテン島上陸を支援
1944年 1月〜マダン、アドミラルティ島、ネグロス島などの上陸を支援
      6月 4日ニューギニア沖にて日本軍機の攻撃を受け損傷
     10月23日比島沖海戦に参加
1945年 2月〜バターン、コレヒドール攻撃を支援。ボルネオ沖の掃海任務に従事
      9月終戦により大西洋艦隊へ転属するも、予備役となる
1946年 2月28日退役。保管船となる
1951年 4月 9日アルゼンチンへ売却、「ディエシシエテ・デ・オクトブレ」[Diecisiete de Octobre]と改名
1956年「ヘネラル・ベルグラーノ」[General Belgrano]と改名
1982年 4月〜マルビナス戦争(英呼称フォークランド紛争)に参加
      5月 2日英潜水艦の雷撃を受け沈没(同戦争に参加した軍艦中で最大の被害艦となる)
ボイシ[Boise](CL-47)
1935年 4月 1日ニューポート・ニューズ造船にて起工
1936年12月 3日進水
1938年 8月12日竣工
 主に大西洋、太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜フィリピン警護中、大戦参戦のため戦争状態に突入
1942年 1月21日サペ海峡にて正体不明物体と接触(触雷?)、損傷する
      7月〜フィジー、ガダルカナル方面の哨戒任務に従事
     10月11日サボ島沖海戦(米呼称エスペランス岬海戦)に参加。日重巡「衣笠」の砲弾を受け大破
     11月〜フィラデルフィア海軍工廠にて修理を実施。戦線復帰は翌年4月
1943年 7月〜修理完了後はシシリー島上陸、イタリア本土上陸などを支援
     12月〜南太平洋へ転戦。メダン攻撃やフンボルト湾、ビアク島上陸などを支援
1944年10月23日〜比島沖海戦に参加
     12月〜リンガエン湾、バターン、コレヒドール占領などを支援
1945年 7月〜オーバーホール実施中に終戦を迎える
1946年 7月 1日退役。保管船となる
1951年 1月11日アルゼンチンへ売却、「ヌエヴェ・デ・フリオ」[Nueve de Julio]と改名
1979年アルゼンチン海軍籍除籍。83年スクラップとして売却される
ホノルル[Honolulu](CL-48)
1935年12月 9日ニューヨーク海軍工廠にて起工
1937年 8月26日進水
1938年 6月15日竣工
 主に大西洋、太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日真珠湾にてドック入り中に日本軍の奇襲攻撃を受け小破
1942年 1月〜太平洋航路(ハワイ−サンフランシスコ間)の護衛任務に従事
      7月〜キスカ、アダック島などの攻撃を実施
     11月30日ルンガ沖夜戦に参加
1943年 1月〜ガダルカナル近海にて「東京急行」阻止の哨戒任務に従事
      5月〜ソロモン諸島への攻撃を支援
      7月12日〜コロンバンガラ島沖海戦に参加。日駆逐艦の雷撃を受け大破
      8月〜メアーアイランドにて修理を実施。戦線復帰は同年12月
     12月〜ソロモン、ブーゲンビル、サイパン、グアムなどの攻撃を支援
1944年10月23日〜比島沖海戦に参加
     12月〜オーバーホール実施中に終戦を迎える
1945年10月〜練習艦として使用される
1947年 2月 3日退役。保管船となる
1959年 3月 1日除籍。61年スクラップとして売却される


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