(艦隊)敷設艦 テラー

(Fleet)Minelayer "Terror"

アメリカ海軍 アメリカ海軍


USS Terror
敷設艦「テラー」(1942年:Photo from National Archives)
スペックデータ
排水量:(常)5,875t ボイラー:(形式不詳)罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油1,834t
全長:(全)138.63m
全幅:18.34m 主機:General Electric社製ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:5.97m
出力:11,000hp
武装:
38口径5inch単装砲4基、75口径1.1inch4連装対空機関砲4基
(大戦中に40mm4連装機関砲4基に換装、20mm単装機関砲14基を追加)、
機雷800個〜1,200個搭載可能
最大速力:18.0kt
航続距離:15ktで10,000浬
乗員定数:481名

同型艦名(1隻)
テラー[Terror]

(艦隊)敷設艦テラーについて

 これまで大型敷設艦は旧式な巡洋艦を改修したものや貨物船を改修したものしか保有していなかったアメリカ海軍が、1938年に初めて計画した専用設計の大型敷設艦。1940年には第二次大戦勃発のため、追加計画として2隻の姉妹艦建造が予定されたが、最終的に両艦とも車両揚陸艦[Vehicle Landing Ship]として竣工しているため、当艦が米海軍唯一の専用敷設艦であった。
 乾舷の高い船体の内部には6基の敷設軌条(レール)を備えた敷設甲板と機雷保管のためのデッキがあり、艦後方にあるハッチから機雷を投下することができた。機雷のタイプにより搭載可能となる数は変動するが、最大で1,200個、通常は800個程度と言われている。自衛用兵装として駆逐艦主砲にも使われる38口径5インチ両用砲が4門装備されている。

 竣工後は短期間だけ北アフリカ沿岸へ進出したが、その後はチェサピーク湾で訓練を行い、1943年後半になって太平洋戦線へ出撃した。硫黄島や沖縄攻略の支援を行っているが、1945年5月1日に日本軍機の体当たり攻撃を受け損傷し、本国へ帰還。修理完了は終戦の日となった。
 終戦後は保管船となり朝鮮戦争にも出撃することはなかったが、保管中に艦の類別が敷設艦から艦隊敷設艦へ変更され、艦番号も変化した。その後1970年になってスクラップとして売却されている。


(艦隊)敷設艦テラーの歴史
テラー[Terror](CM-5 → MM-5 → MMF-5)
1940年 9月 3日フィラデルフィア海軍工廠[Philadelphia Navy Yard]にて起工
1941年 6月 6日進水
1942年 7月15日竣工
      11月北アフリカ上陸(トーチ作戦)を支援
1942年末〜本国へ帰還。チェサピーク湾にて訓練に従事
1943年10月〜太平洋戦線へ進出。中部太平洋などで防御任務に従事
1944年 2月中盤〜硫黄島攻略を支援
       3月後半〜慶良間諸島へ移動。沖縄攻略を支援
       5月 1日慶良間諸島にて日軍機の体当たり攻撃を受け損傷
       6月初旬〜サンフランシスコへ帰還し、修理を実施
       8月15日修理完了。占領任務のため朝鮮半島へ航海
1946年初頭サンフランシスコへ帰還
その後大西洋側へ移動しカリブ海などで訓練に従事
1947年 7月退役。チャールストン海軍工廠にて不活性化を開始。保管船となる
1950年代朝鮮戦争勃発のため再就役。予備役艦となる
1955年 2月 7日類別を艦隊敷設艦とし、艦番をMM-5と変更
1955年10月艦番をMMF-5と変更
1956年 8月 6日退役。保管船となる
1971年除籍。スクラップとして売却


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