セーラム型 敷設艦

"Salem" Class Minelayer(Netlayer)

アメリカ海軍 アメリカ海軍


USS Salem

USS Weehawken
(上段)敷設艦「セーラム」(1942年)/(下段)敷設艦「ウィーホーケン」(1943年)
(どちらもPhoto from National Archives)

スペックデータ
排水量:(常)5,300t ボイラー:(形式不詳)罐・石炭重油混焼×2基 燃料搭載量:不明
全長:(全)106.7m
全幅:17.4m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:4.6m
出力:2,700hp
武装:
50口径3inch単装両用砲3基、20mm単装機関砲18機
最大速力:12.0kt
航続距離:不明
乗員定数:219名

同型艦名(2隻)
セーラム[Salem]ウィーホーケン[Weehawken]

セーラム型敷設艦について

 アメリカ海軍は古くから機雷戦に重きを置いておらず、第一次大戦に際しても駆逐艦などの他艦種を改造した敷設艦艇で需要を凌いでいた。対日戦が勃発しアメリカが世界大戦に参戦すると、機雷や防潜網を敷設する艦艇が不足することになったが、そこで民間商船を徴発して敷設艦に改造されたのが当クラスである。

 元は民間の貨物船であったが、1942年に米海軍が買収し敷設艦へ改造した。改造が終了した当クラスは1942年末からヨーロッパ戦線にて任務に従事したが、1944年にはパナマ運河を経由して太平洋側へ進出、同年後半には中部太平洋や沖縄で根拠地防御のための敷設任務に従事している。
 両艦とも終戦まで生き残っているが、「ウィーホーケン」は45年10月に沖縄沖で台風被害を受け損傷、全損判定とされ除籍となった。「セーラム」(終戦時に改名して「ショーマット」[Shawmut])は終戦後に売却され、貨物船として生涯を終えている。


セーラム型敷設艦の歴史
セーラム[Salem](CM-11)
1916年ウィリアム・クランプ造船[William Cramp and Sons Shipbuilding Co.]にて商船「ジョセフ・P・パロット」[SS Joseph R. Parrott]として竣工
1942年 6月 8日米海軍により買収。艦名を「セーラム」と改名し敷設艦に類別
       8月 9日改修完了し、就役
      12月〜カサブランカ(モロッコ)へ進出。機雷敷設に従事
      12月31日カサブランカにて独軍機の空襲を受け対空戦闘を行う
1943年 2月ノーフォークへ帰還
       7月〜オラン(アルジェリア)へ進出。同月6日からシチリア侵攻を支援
       8月〜ジブラルタル方面の敷設任務などに従事
      10月ニューヨークへ帰還
1944年 6月〜中部太平洋へ進出。物資輸送などに従事
      10月 4日テニアンにて荒天のためスクリューを損傷。真珠湾へ曳航され修理
      11月〜修理を実施。修理に際して急設網敷設艦への改修を実施
1945年 2月〜修理改修完了。艦隊に復帰し真珠湾などで防潜網敷設に従事
       3月末〜沖縄へ進出。慶良間諸島にて防潜網敷設に従事
       8月真珠湾へ帰還。同月15日艦名を「ショーマット」と改名
       9月サンフランシスコへ帰還。保管船として不活性化の処置を行う
      12月 6日退役
1946年 1月 3日除籍。米海事委員会へ移管
1947年 3月 7日民間企業へ売却。改修後は民間商船「ジョセフ・P・パロット」として行動
1970年頃廃船
ウィーホーケン[Weehawken](CM-12)
1920年ウィリアム・クランプ造船にて商船「エストラーダ・パルマ」[SS Estrada Palma]として竣工
1942年 6月15日米海軍により買収
       7月18日艦名を「ウィーホーケン」と改名し敷設艦に類別
       9月30日改修完了し、就役
      12月〜カサブランカ(モロッコ)へ進出。機雷敷設に従事
      12月31日カサブランカにて独軍機の空襲を受け対空戦闘を行う
1943年 2月ニューヨークへ帰還
       7月〜オラン(アルジェリア)へ進出。同月6日からシチリア侵攻を支援
       9月ニューヨークへ帰還
1944年 6月〜中部太平洋へ進出。物資輸送などに従事
      10月〜南太平洋へ進出。物資・兵員輸送などに従事
1945年 4月〜沖縄へ進出。慶良間諸島にて防潜網敷設に従事
      10月 9日慶良間諸島近海で台風に遭遇。揚陸艇「LCI(L)-31」と衝突するなどして損傷
翌日にはアンカーを引きずり制御不能となり座礁
      10月中盤離礁作業が行われるが、同月31日に全損判定となる
      12月11日退役。船体は放棄される
1946年 1月 3日除籍


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