チモ型 (補助)敷設艇

"Chimo" Class Auxiliary Minelayer

アメリカ陸軍・海軍 他 アメリカ軍 アメリカ沿岸警備隊


USS Barricade

USS Obstructor
(上段)敷設艇「バリケード」(1945年:Photo from National Archives)/(下段)敷設艦「アブストラクター」(1946年)
スペックデータ
排水量:(基)880t ボイラー:Combustion Engineering製直管罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:不明
全長:(全)57.4m
全幅:11.3m 主機:Skinner Unaflow製往復動蒸気機関×2基、2軸推進
吃水:3.8m
出力:1,200hp
武装:
56口径40mm単装砲1基、(戦時中は70口径20mm単装機関砲
1〜4基も搭載)、(戦後に海軍へ移管した艇は自衛用兵装なし)
敷設用機雷搭載(搭載数不明)
最大速力:12.5kt
航続距離:不明
乗員定数:69名

同型艦名(14隻)
チモ型(8隻)
チモ[Chimo]プランター[Planter]バリケード[Barricade]
バービカン[Barbicon]バスチョン[Bastion]アブストラクター[Obstructor]
ピケット[Picket]トラッパー[Trapper] 
カマンチェ型(6隻)
カマンチェ[Camanche]カノーニカス[Canonicus]ミアントノモー[Miantonomah]
モナドノック[Monadnock]ノーセット[Nausett]ピューリタン[Puritan]

チモ型敷設艇について

 アメリカ陸軍は第一次大戦中の1918年に、沿岸防備のための組織として機雷敷設隊[Mine Planter Service]を設立し、海岸砲兵隊[Coast Artillery Corps]の配下とした。当時パナマやマニラ湾にあった米軍の沿岸要塞周辺に機雷を敷設することが主任務であった。
 第二次大戦が始まると、米陸軍は機雷敷設隊の強化のため敷設艇の建造を計画し1941年から建造が開始された。しかし自陣沿岸での機雷敷設は行われず、機雷敷設任務は海軍へ移管されたため、建造された敷設艇も米海軍へ引き渡されることとなった。
 当クラスは陸軍から引き渡された敷設艇で、1942年から43年にかけて竣工し終戦までに引き渡された「チモ」型と、終戦後に引き渡された「カマンチェ」型に分かれているが、艇のスペック自体に変わりはなかった。なお、「チモ」型は海軍で自衛用の対空兵装を強化されているが、戦後に引き渡された艇は自衛用の武装を一切持っていなかった。

 海軍に引き渡された艇は、欧州戦線から太平洋戦線まで広い範囲で敷設任務に従事しているが、終戦後は不要となり民間漁船として売却されたものや、沿岸警備隊へ移管したものもある。ちなみに陸軍の機雷敷設隊は1954年に解隊となっている。


チモ型敷設艇の歴史
チモ[Chimo](ACM-1)
1942年?(43年説あり)米陸軍船舶「カーネル・チャールズ・W・バンディ」[Colonel Charles W. Bundy]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社[Marietta Manufacturing Co.]にて起工
1943年?進水。同年中に竣工
1944年 4月 7日米海軍編入。艇名を「チモ」と改称。ノーフォーク海軍工廠にて補助敷設艇へ改装
       5月13日〜欧州戦線へ向け、ノーフォークを出港
       6月 7日〜ノルマンディ上陸を支援。掃海艇の指揮や物資輸送に従事
       6月中旬〜フランス沿岸部などで任務に従事
1945年 3月 5日〜本国帰還のためプリマスを出港
       6月本国帰還後、ノーフォークにてオーバーホールを実施
       7月〜サンディエゴにて訓練任務に従事
       9月戦争終結後、占領任務のためエニウェトク、サイパン、沖縄、佐世保、ハワイへ航海
1946年 4月16日本国へ帰還
       5月21日退役。戦時海運管理事務局[War Shipping Administration]へ移管
1948年 9月28日売却処分
1963年転売。マグロ漁船「デイ・アイランド」[Day Island]となる。以降の消息不明
プランター[Planter](ACM-2)
1941年 4月米陸軍船舶「カーネル・ジョージ・リッカー」[Colonel George Ricker ]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
1942年?進水
1943年 5月 6日竣工。陸軍へ引き渡される
1944年 4月 4日米海軍編入。艇名を「プランター」と改称。ノーフォーク海軍工廠にて補助敷設艇へ改装
       5月13日〜欧州戦線へ向けアゾレスを出港。同月24日ビゼルトへ到着
       6月〜ビゼルトを拠点に南仏やナポリ周辺にて掃海任務や航路標識敷設に従事
      11月〜本国帰還のためビゼルトを出港
1945年 1月〜本国帰還後、チャールストンにて掃海艇兼修理艇へ改装を実施
       4月〜改修完了後、太平洋戦線へ転戦。5月真珠湾に進出
       7月〜沖縄やフィリピンなどで任務に従事
       8月末〜沖縄や日本本土などで占領任務に従事
1946年 4月16日本国へ帰還
       5月22日退役
1947年12月23日除籍
1948年 4月 9日海事委員会[Maritime Commission]へ移管。後に売却されオークランドにて曳船となる
1963年〜転売。商船「サン・ファン」[San Juan]や「パープル・アスター」[Purple Aster]、「タイガー・フィッシュII」[Tiger Fish 2]等へ改名。以降の消息不明
バリケード[Barricade](ACM-3)
1941年10月10日米陸軍船舶「カーネル・ジョン・ストレイ」[Colonel John Storey]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
1942年11月進水。同年中に竣工
1944年 4月 7日米海軍へ移管。艇名を「バリケード」と改称。ノーフォーク海軍工廠にて補助敷設艇へ改装
       5月14日〜欧州戦線へ向け、ノーフォークを出港
       6月〜ビゼルトを拠点に南仏やナポリ周辺にて掃海任務や航路標識敷設に従事
       8月〜南仏への上陸作戦を支援
1945年 6月本国帰還後、ジャクソンビルにてオーバーホールを実施
       8月下旬〜戦争終結後、太平洋側へ移動。カリフォルニア沿岸で行動
1946年 6月28日退役。沿岸警備隊へ移管
       7月19日除籍。ベスレヘム造船所にて改修を実施
1947年10月19日沿岸警備隊へ就役。艇名を「マグノリア」[Magnolia]と改称
カリフォルニア沿岸等にて捜索・救難などに従事
1965年 9月 1日オレゴン州タン・ポイント基地へ転属
1973年 8月13日退役。保管船となる
1976年売却処分。冷凍船へ改装され商船「ギャラクシー」[Galaxy]と改名
2002年10月 2日ベーリング海にて火災発生。船内での爆発により沈没
バービカン[Barbicon](ACM-5)
1941年米陸軍船舶「カーネル・ジョージ・アーミステッド」[Colonel George Armistead]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
1942年進水。同年中に竣工
1945年 1月 6日米海軍へ移管。チャールストン海軍工廠にて補助敷設艇へ改装
       3月24日艇名を「バービカン」と改称し、米海軍に就役
       9月〜中部太平洋にて掃海艇指揮の任務に従事
10月以降は占領任務のため沖縄、佐世保などへ航海
1946年 4月下旬〜本国帰還後、サンフランシスコへ回航
       6月12日退役。沿岸警備隊へ移管され艇名を「アイビー」[Ivy]と改称
       7月19日海軍を除籍
1947年〜フロリダ州沿岸にて捜索・救難などに従事
1951年 6月〜オレゴン州ポートランドへ転属
1959年 8月〜ワシントン州ピュージェット湾へ転属
1969年11月26日退役。後に売却され民間船「アグネス・フォス」[Agnes Foss]と改名。以降の消息不明
バスチョン[Bastion](ACM-6)
1941年米陸軍船舶「カーネル・ヘンリー・J・ハント」[Colonel Henry J. Hunt]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
1942年進水。同年中に竣工
1945年 1月 4日米海軍へ移管。チャールストン海軍工廠にて補助敷設艇へ改装
       4月 9日艇名を「バスチョン」と改称し、米海軍に就役
       9月〜中部太平洋にて掃海艇指揮の任務に従事
10月以降は占領任務のため沖縄などへ航海
1946年 3月下旬〜本国帰還後、サンフランシスコへ回航
       6月18日退役。沿岸警備隊へ移管され艇名を「ジョンクィル」[Jonquil]と改称
       7月19日海軍を除籍
       8月29日〜ポーツマスを拠点に航路標識敷設などに従事
1969年 9月15日退役。以降の消息不明
アブストラクター[Obstructor](ACM-7)
1941年米陸軍船舶「ファースト・ルテナント・ウィリアム・G・シルベスター」[1st Lieutenant William G. Sylvester]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
1942年進水。同年中に竣工
1945年 1月 4日米海軍へ移管
       4月 1日艇名を「アブストラクター」と改称し、米海軍に就役
       8月末〜中部太平洋や東南アジア、中国沿岸などで任務に従事
1946年 6月28日本国帰還後、退役。沿岸警備隊へ移管され艇名を「ヘザー」[Heather]と改称
       7月19日海軍を除籍
1947年 2月〜アラバマ州モビールを拠点に捜索・救難任務などに従事
      12月〜カリフォルニア州サンペドロへ転属
1960年 7月19日カリフォルニア州シールビーチ沖で発生した米駆「アンメン」「コレット」の衝突事故に際し救助を実施
1967年12月15日退役。シアトルに回航されるが、以降の消息不明
ピケット[Picket](ACM-8)
1941年米陸軍船舶「ゼネラル・ヘンリー・ノックス」[General Henry Knox]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
1942年進水。同年中に竣工
1945年 1月 2日米海軍へ移管
       3月 6日艇名を「ピケット」と改称し、米海軍に就役
       6月末〜中部太平洋や沖縄にて掃海艇指揮に従事
終戦以降は占領任務のため東京湾や和歌山などへ航海
1946年 6月24日本国帰還後、退役。沿岸警備隊へ移管され艇名を「ウィロー」[Willow]と改称
       7月19日海軍を除籍
1947年 9月20日〜サンファンを拠点に任務に従事
1969年10月10日退役。後に売却され商船「ロイヤル・アラスカン」[Royal Alaskan]と改名
1990年頃廃船
トラッパー[Trapper](ACM-9 → ARC-5)
1942年米陸軍船舶「メジャー・ゼネラル・アーサー・マレー」[Major General Arthur Murray]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
 進水。同年中に竣工
1945年 1月 2日米海軍へ移管
       3月15日艇名を「トラッパー」と改称し、米海軍に就役
       8月〜中部太平洋にて掃海艇指揮の任務に従事
11月以降は占領任務のため神戸、和歌山などへ航海
1946年 6月20日本国帰還後、退役。沿岸警備隊へ移管され艇名を「ヤマクロー」[Yamacraw]と改称
       7月19日海軍を除籍
1947年〜各地で任務に従事
1957年〜ウッズホール海洋学研究所[Woods Hole Oceanographic Institution]へ貸与され、地球物理学研究のために使用される
1959年 4月17日退役。米海軍へ移管。同日海底ケーブル修理船(艦番ARC-5)として再就役
1965年 7月 2日除籍。海事局[Maritime Administration]へ移管。以降の消息不明
カマンチェ[Camanche](ACM-11)
1942年米陸軍船舶「ブリガデール・ゼネラル・ロイヤル・T・フランク」[Brigadier General Royal T. Frank]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
 進水。同年中に竣工
1944年 1月 2日米海軍へ移管されるが、就役せず保管艇となる(艦番はACM-11を付与)
1945年 5月 1日艇名を「カマンチェ」と改称
1948年売却処分。船名を「ピルグリム」[Pilgrim]や「ケープコッド」[Cape Cod]と改名するが、以降の消息不明
カノーニカス[Canonicus](ACM-12)
1942年米陸軍船舶「メジャー・ゼネラル・エラスムス・ウィーヴァー」[Major General Erasmus Weaver]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
 進水。同年中に竣工
1944年12月20日米海軍へ移管されるが、就役せず保管艇となる(艦番はACM-12を付与)
1955年 2月 7日艦番をMMC-12へ変更
       5月 1日艇名を「カノーニカス」と改称
1960年 7月 1日除籍
1960年以降売却処分。船名を「オーシャン・スター」[Ocean Star]、「キップマン」[Kipman]、「ゾディアック」[Zodiac]、「ゴールデン・クレスト」[Golden Crest]などに改名
1969年ニューヨーク〜ニュージャージー間の水先案内船となり、船名を「ニュー・ジャージー(パイロットナンバー2)」[New Jersey (Pilot No. 2)]と改名
1993年頃廃船。解体処分
ミアントノモー[Miantonomah](ACM-13)
1941年米陸軍船舶「カーネル・ホーレス・F・スパーギン」[Col. Horace F. Spurgin]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
 進水。翌42年竣工
1950年 1月25日米海軍へ移管。艦番ACM-13を付与。サンフランシスコ湾の防衛任務に従事
1955年 2月 7日艦番をMMC-13へ変更
       5月 1日艇名を「ミアントノモー」と改称
       7月19日退役。保管船となる
1960年 7月 1日除籍
1961年 2月28日売却。63年転売されマグロ漁船「ノーチラス」[Nautilus]となる
1990年転売され、民間船「アリューシャン・ミスト」[Alutian Mist]と改名
1991年転売され、民間船「ニュー・スター」[New Star]と改名
2009年廃船。船体はワシントン州タコマ市の防波堤として再利用
モナドノック[Monadnock](ACM-14)
1942年米陸軍船舶「メジャー・サミュエル・リングゴールド」[Major Samuel Ringgold]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
 進水。同年中に竣工
1951年 3月米海軍へ移管されるが、就役せず保管艇となる(艦番はACM-14を付与)
1955年 2月 7日艦番をMMC-14へ変更
       5月 1日艇名を「モナドノック」と改称
1960年 7月 1日除籍。後に売却。民間船「ティティ」[Thiti]、「アマゾニア」[Amazonia]、「ディアー」[Dear]などに改名。以降の消息不明
ノーセット[Nausett](ACM-15)
1942年米陸軍船舶「メジャー・ゼネラル・ウォレス・F・ランドルフ」[Major General Wallace F. Randolph]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
 進水。同年中に竣工
1951年 3月米海軍へ移管されるが、就役せず保管艇となる(艦番はACM-15を付与)
1955年 2月 7日艦番をMMC-15へ変更
       5月 1日艇名を「ノーセット」と改称
1960年 7月 1日除籍。後に売却。油田探査船「シー・サーチャー」[Sea Searcher]、気象研究船「サンダーボルト」[Thunderbolt]などに改名
1986年廃船。同年3月6日フロリダ沖に人工岩礁として自沈
ピューリタン[Puritan](ACM-16)
1943年米陸軍船舶「カーネル・アルフレッド・A・マイバッハ」[Colonel Alfred A. Maybach]としてマリエッタ・マニュファクチャリング社にて起工
 進水。同年中に竣工
1951年 3月 7日米海軍へ移管されるが、就役せず保管艇となる(艦番はACM-16を付与)
1955年 2月 7日艦番をMMA-16へ変更
       5月 1日艇名を「ピューリタン」と改称
1959年除籍。後に売却。以降の消息不明


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