アイオワ型 戦艦

"Iowa" Class BattleShips

アメリカ海軍


USS BB-62 New Jersey

USS BB-64 Wisconsin
(上段)戦艦「ニュージャージー」(1945年頃)/(下段)戦艦「ウィスコンシン」(1944年)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
ニュージャージー
第28号(2014.02.18)
戦艦「ニュージャージー」1944年

スペックデータ(竣工時)
排水量:(満)
  (BB-61)59,331t
  (BB-62)59,300t
  (BB-63)59,331t
  (BB-64)58,751t
ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油9,520t
全長:(全)
  (BB-61)270.43m
  (BB-62)270.53m
(BB-63、64)270.43m
全幅:(BB-61)32.97m
  (BB-62)32.95m
(BB-63、64)32.97m
主機:General Electric式ギヤードタービン×4基、4軸推進(BB-61、63)
  もしくはWestinghouse式ギヤードタービン×4基、4軸推進(BB-62、64)
吃水:(BB-61)11.51m
  (BB-62)11.58m
(BB-63、64)11.51m
出力:212,000hp
武装:
50口径16inch3連装砲3基、38口径5inch連装砲10基、
56口径40mm4連装ボフォース機関砲15〜20基(艦によって
異なる。戦後40mm機関砲は大部分が撤去された)
最大速力:33.0kt
航続距離:17ktで15,900浬
乗員定数:2,753〜2,978名

同型艦名(4隻+建造中止2隻)
アイオワ[Iowa]ニュージャージー[New Jersey]ミズーリ[Missouri]
ウィスコンシン[Wisconsin]イリノイ[Illinois]ケンタッキー[Kentucky]

アイオワ型戦艦について
 アメリカ海軍が就役させた最強にして最後の戦艦。1939年度の計画で建造が決定(翌年度に追加建造も決定)したもので、航空母艦を中心とする機動部隊に追随できるよう航行速度を高めた設計となっている。艦幅こそパナマ運河通過という制限があるので33メートル以内に押さえられているが、高速性発揮のために必要な全長については制限が設けられなかったため、「サウスダコタ」型戦艦に比べ60メートル以上も長い船体となっている。また機関も罐の数こそ「サウスダコタ」型と変わらないが罐の圧力や性能は上昇しており、20万馬力を越える強大な力を絞り出すことが出来るようになっている。主砲は16インチと口径こそ変更がなかったが、砲身長は50口径に延長されており初速向上により射程や威力は格段に上がっていた。
 アメリカでは仮想敵国である日本が建造している新型戦艦(「大和」型のことである)に対抗すべく、可能な限りの技術をつぎ込んで建造を行っている。火力こそ「大和」型の装備する18インチ砲に劣る(当時アメリカでも「大和」型が18インチ砲を装備していることは掴んでいなかった)が、照準レーダーの性能差も含めると直接の砲撃戦では「アイオワ」型が一方的に不利になるとは思えない。しかし実際に「アイオワ」型が敵戦艦に向かって火を噴くことはなく第二次大戦は終結してしまった。
 戦後、朝鮮戦争で砲撃支援を行った後はモスボールされていた当クラスであったがベトナム戦争に際して「ニュージャージー」が戦線復帰した他、他艦も1980年代にレーガン政権の軍備強化政策に基づきミサイルプラットフォームへの改修を受け、1991年の湾岸戦争ではイラクへ向けてトマホーク巡航ミサイルを発射している。その後、老朽化や冷戦終結後の軍事予算削減などから任務を解かれ、現在は各地で記念艦として余生を送っている。

アイオワ型戦艦の歴史
アイオワ[Iowa](BB-61)
1940年 6月27日ニューヨーク海軍工廠にて起工
1942年 8月27日進水
1943年 2月22日竣工
      8月〜北海(ノルウェー方面)へ進出。哨戒任務に従事
     11月テヘラン会議に主席するルーズベルト大統領を乗せて北アフリカ方面へ航海
1944年 1月〜太平洋艦隊に所属。マーシャル諸島攻略作戦を支援
      2月16日トラック島空襲に参加。トラックを脱出しようとしていた日本艦船を攻撃
軽巡「香取」、駆逐艦「舞風」を撃沈する(他艦と共同)
      3月〜南太平洋で島嶼への上陸作戦・空襲を支援
(ミリ環礁砲撃、パラオ空襲、ホーランジア上陸、トラック攻撃、ポナペ砲撃など)
      6月19日マリアナ沖海戦(米軍呼称フィリピン海海戦)に参加
     10月12日台湾沖航空戦に参加
     10月24日比島沖海戦(エンガノ岬沖海戦)に参加
1945年 1月〜メンテナンスおよび改良のため乾ドック入り。戦線復帰は同年3月
      4月沖縄攻略作戦を支援
      5月〜日本本土への砲撃を実施(九州南部、北海道室蘭、関東地方など)
      8月29日降伏調印のため東京湾へ入港
1948年 9月サンフランシスコにおいてモスボール処理が開始される
1949年 3月24日退役。予備役(保管船)として保存される
1951年 8月25日朝鮮戦争激化のため再就役
1952年 4月〜米第7艦隊に所属し、朝鮮近海で作戦行動
1958年 2月24日退役。再度予備役(保管船)として保存される
1982年 9月 1日近代化とモスボール解除のため工事を開始する
1984年 4月28日再就役。本土とヨーロッパ方面で任務に従事
1989年 4月19日プエルトリコ沖で訓練中、第二砲塔内で爆発事故。死者47名を出す
1990年10月26日退役。クラスB予備役艦として保管される
2006年 3月17日除籍。ロサンゼルス近郊にて博物館として公開される
ニュージャージー[New Jersey](BB-62)
1940年 9月16日フィラデルフィア海軍工廠にて起工
1942年12月 7日進水
1943年 5月23日竣工
1944年 1月〜太平洋艦隊に所属。マーシャル諸島攻略作戦を支援
      2月16日トラック島空襲に参加。トラックを脱出しようとしていた日本艦船を攻撃
駆逐艦「舞風」を撃沈する(他艦と共同)
      3月〜南太平洋で島嶼への上陸作戦などを支援
(ミリ環礁砲撃、パラオ空襲、ウォアレイ砲撃、ポナペ砲撃など)
      6月19日マリアナ沖海戦(米軍呼称フィリピン海海戦)に参加
     10月12日台湾沖航空戦に参加
     10月24日比島沖海戦(エンガノ岬沖海戦)に参加
     12月〜ルソン島、台湾、沖縄などの上陸作戦を支援
1945年 8月14日第5艦隊旗艦となる
      9月17日日本占領軍旗艦として東京湾へ入港
1948年 6月30日退役。予備役となる
      9月ニューヨーク海軍工廠においてモスボール処理が開始される
1950年11月21日朝鮮戦争激化のため再就役
1951年 5月17日第7艦隊旗艦として朝鮮近海で作戦行動
朝鮮半島東岸への砲撃などを実施
1955年 9月〜第6艦隊旗艦として地中海方面で活動
1957年 8月21日退役。再度予備役(保管船)として保存される
1968年 4月 6日ベトナム戦争激化のため再就役
      9月〜ベトナムにおいて地上砲撃を実施する
1969年12月17日退役。再度予備役(保管船)として保存される
1982年近代化とモスボール解除のため工事を開始する
     10月28日再就役
1983年 7月ニカラグア封鎖作戦に参加
      9月〜ベイルート沖に展開
同年12月14日、翌年2月8日にはシリア軍陣地へ砲撃を実施
1991年 2月 8日退役。再度予備役(保管船)として保存される
1998年 2月12日クラスB予備役艦となる
1999年 1月 4日除籍。ニュージャージー州に博物館船として寄贈される
ミズーリ[Missouri](BB-63)
1941年 1月 6日ニューヨーク海軍工廠にて起工
1944年 1月29日進水
      6月11日竣工
1945年 1月〜機動部隊の直衛として太平洋戦線に展開
      2月〜硫黄島攻略作戦を支援
      3月〜日本本土への砲撃を実施
      3月24日〜沖縄上陸作戦を支援
      4月11日沖縄沖にて日特攻機の攻撃を受け損傷を負う
      7月〜日本本土を砲撃(東京、室蘭、日立市)
      8月29日降伏調印のため東京湾へ入港。9月2日艦上で調印式を行う
1947年〜海軍士官学校の練習艦として活動
1950年 1月17日訓練任務中、ノーフォーク沖で座礁、損傷を負う
      9月〜国連軍艦隊旗艦として朝鮮戦争へ参加
同年9月15日仁川上陸を支援。その後も砲撃などを実施
1955年 2月26日退役。ブレマートンで展示艦として公開される
1985年 5月25日〜近代化改修工事を実施
1986年 5月10日再就役。同年後半、世界巡航を実施
1987年 7月25日〜ペルシャ湾へ派遣。タンカー護衛などに従事
1988年〜太平洋沿岸諸国への表敬訪問航海を実施
1990年11月〜イラクのクウェート侵攻を受けアラビア海へ派遣
1991年 1月17日〜イラクに対する巡航ミサイル攻撃を実施
      2月サウジアラビア北部に展開するイラク軍に対して艦砲射撃を実施
1992年 3月31日退役
1995年 1月12日除籍
1998年 5月 4日ハワイ州に博物館船として寄贈される。公開開始は1999年1月
ウィスコンシン[Wisconsin](BB-64)
1941年 1月25日フィラデルフィア海軍工廠にて起工
1943年12月 7日進水
1944年 7月 1日竣工
1945年 1月〜機動部隊の直衛として太平洋戦線に展開
      2月〜硫黄島攻略作戦を支援
      3月24日〜沖縄上陸作戦を支援
      7月〜日本本土を砲撃(室蘭、日立市)
      9月 6日占領任務のため東京湾へ入港
1948年 7月 1日退役。予備役(保管船)として保存される
1951年 4月〜朝鮮戦争の激化のため再就役
     11月〜米第7艦隊に所属し、朝鮮近海で作戦行動。対地砲撃を実施
1956年 5月 6日バージニア岬沖にて米駆「イートン」と衝突、艦首部を損傷する
      6月艦首部を未完成だった姉妹艦「ケンタッキー」から移植する(完了は6月28日)
1958年 3月 8日退役。予備役(保管船)として保存される
1988年10月22日再就役
1990年11月〜イラクのクウェート侵攻を受けアラビア海へ派遣
1991年 1月17日〜イラクに対する巡航ミサイル攻撃を実施
      2月サウジアラビア北部に展開するイラク軍に対して艦砲射撃を実施
      9月30日退役
1998年 2月12日クラスB予備役艦となる
2000年12月ヴァージニア州ノーフォークの海洋博物館として使用開始
2006年 3月17日除籍
イリノイ[Illinois](BB-65)
1945年 1月15日フィラデルフィア海軍工廠にて起工
      8月12日建造中止が決定
1958年 9月スクラップとして売却される
ケンタッキー[Kentucky](BB-66)
1942年 3月 7日ノーフォーク海軍工廠にて起工
     12月 6日建造休止となる
1944年 2月 6日建造を再開する
1947年 2月17日建造休止となる
1948年 8月17日建造を再開する
1950年 1月20日建造休止となり、ドックを空けるため洋上へ引き出される
同月22日建造中止が決定
1958年10月スクラップとして売却される


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