インディペンデンス型 航空母艦

"Independence" Class Aircraft Carriers

アメリカ海軍


USS Independence
スペックデータ
排水量:(満)15,200t ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:不明
全長:(全)189.59m
全幅:(船)21.77m 主機:メーカー不詳ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:7.93m
出力:100,000hp
武装:
38口径5inch単装砲4基、40mmボフォース機関砲18〜26門、
航空機45機搭載(輸送任務時は90機程度まで搭載可能)
最大速力:32.0kt
航続距離:15ktで10,100浬
乗員定数:約1,500名 飛行甲板:178.3×33.31m、昇降機2基

同型艦名(9隻)
インディペンデンス[Independence]プリンストン(初代)[Princeton(1)]ベロー・ウッド[Beleau Wood]
カウペンス[Cowpens]モンテレー[Monterey]ラングレー(2代)[Langley(2)]
カボット[Cabot]バターン[Bataan]サン・ジャシント[San Jacinto]

インディペンデンス型航空母艦について
 第二次大戦が勃発し空母戦力の増強を急務とした米国海軍は正規空母 「エセックス」型の大量建艦に着手 したが「エセックス」型の竣工を待たずして対日戦に突入し、太平洋戦線において無傷な空母が1隻も 無くなると早急に空母戦力を確保する必要が生じてきた。そこで建造中だった 「クリーブランド」型軽巡の 船体を流用した急造軽空母を建造することにしたのである。
 全部で41隻が計画されていた「クリーブランド」型のうち建造途中だった9隻が当軽空母の船体へ流 用され、全艦とも1943年中に竣工した。同じ軽空母の 「レンジャー」「ワスプ」に比べサイズが小 さめだが、竣工後は太平洋戦線に投入され島嶼攻略戦の支援やマリアナ沖海戦、沖縄攻略、 日本本土空襲など各戦線で活躍した。
 姉妹艦9隻のうち「プリンストン」1隻だけが戦没したが残りの艦は終戦まで生き残り、「ラングレー (2代)」と「ベロー・ウッド」はフランスに貸与されている。また「カボット」はスペインに売却され、 ハリアーを 運用するV/STOL空母「デダロ」に生まれ変わった。

インディペンデンス型航空母艦の歴史
インディペンデンス[Independence](CL-59/CV-22/CVL-22)
1941年 8月11日ニューヨーク造船にて軽巡「アムステルダム」[Amsterdam](CL-59)として起工
1942年 2月14日空母へ類別変更。「インディペンデンス」(CV-22)と改称
      7月31日進水
     12月31日竣工
1943年 7月15日軽空母へ類別変更(CVL-22)
1944年10月12日〜台湾沖航空戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
1945年 3月19日呉軍港空襲に参加
      4月 7日〜坊ノ岬沖海戦に参加
1946年 8月10日除籍。同年ビキニ環礁にて原爆実験の標的艦として使用される
1947年〜残留放射能の研究のため試験船となる
1951年 1月30日米西海岸沖にて標的艦として使用され、沈没
プリンストン(初代)[Princeton(1)](CL-61/CV-23/CVL-23)
1941年 6月 2日ニューヨーク造船にて軽巡「タラハシー」[Tallahassee](CL-61)として起工
 建造途中で艦名を「ボンノム・リチャード」[Bon Homme Richard]と改名
1942年 2月14日空母へ類別変更。「プリンストン」(CV-23)と改称
     12月 6日進水
1943年 2月25日竣工
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-23)
1944年 6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
     10月12日〜台湾沖航空戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
     10月24日日本軍機の攻撃を受け、艦内搭載の魚雷誘爆により沈没
ベロー・ウッド[Beleau Wood](CL-76/CV-24/CVL-24)
1941年 8月11日ニューヨーク造船にて軽巡「ニュー・ヘヴン」[New Haven](CL-76)として起工
1942年 2月14日空母へ類別変更。「ベロー・ウッド」(CV-24)と改称
     12月 6日進水
1943年 3月31日竣工
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-24)
1944年 2月17日〜トラック島空襲に参加
      6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
     10月12日〜台湾沖航空戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
     10月30日日本軍機の特攻を受け損傷
1945年 4月 7日〜坊ノ岬沖海戦に参加
      7月24日〜呉軍港空襲に参加
1947年 1月13日保管船となる
1953年 9月 5日フランスへ貸与される。艦名を「ボア・ベロー」[Bois Belleau]と改名
1958年〜インドシナ紛争やスエズ動乱に参加
1960年 8月11日米国へ返還される
     10月退役。後にスクラップとして解体処分された
カウペンス[Cowpens](CL-77/CV-25/CVL-25/AVT-1)
1941年11月17日ニューヨーク造船にて軽巡「ハンティントン」[Huntington](CL-77)として起工
1942年 2月14日空母へ類別変更。「カウペンス」(CV-25)と改称
1943年 1月17日進水
      5月28日竣工
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-25)
1944年 2月17日〜トラック島空襲に参加
      6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
1945年 7月24日〜呉軍港空襲に参加
1956年 1月16日航空機着艦練習特務艦に類別変更(AVT-1)
1957年 1月12日除籍。後にスクラップとして解体処分される
モンテレー[Monterey](CL-78/CV-26/CVL-26/AVT-2)
1941年12月29日ニューヨーク造船にて軽巡「デイトン」[Dayton](CL-78)として起工
1942年 2月14日空母へ類別変更。「モンテレー」(CV-26)と改称
1943年 2月28日進水
      6月17日竣工
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-26)
1944年 2月17日〜トラック島空襲に参加
      6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
     10月12日〜台湾沖航空戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
1945年 7月24日〜呉軍港空襲に参加
1947年 2月11日退役。保管船となる
1950年 9月15日朝鮮戦争のため再就役
1956年 1月16日航空機着艦練習特務艦に類別変更(AVT-2)
1963年除籍。後にスクラップとして解体処分される
ラングレー(2代)[Langley(2)](CL-85/CV-27/CVL-27)
1942年 4月11日ニューヨーク造船にて軽巡「ファーゴ」[Fargo](CL-85)として起工
     11月13日空母へ類別変更。「クラウン・ポイント」[Crown Point](CV-27)と改称
1943年 5月15日艦名を「ラングレー」と改名
      5月22日進水
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-27)
      8月31日竣工
1944年 6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
     10月12日〜台湾沖航空戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
1945年 3月19日呉軍港空襲に参加
      4月 7日〜坊ノ岬沖海戦に参加
1947年 1月 6日保管船となる。退役は同年2月15日付
1951年 1月 8日フランスへ貸与される。艦名を「ラファイエット」[Lafayette]と改名
1958年〜インドシナ紛争やスエズ動乱に参加
1963年 3月10日米国へ返還される
      3月15日米海軍籍に復帰
      3月20日除籍。後にスクラップとして解体処分される
カボット[Cabot](CL-79/CV-28/CVL-28/AVT-3)
1942年 3月16日ニューヨーク造船にて軽巡「ウィルミントン」[Wilmington](CL-79)として起工
1943年 4月 4日進水
      5月15日空母へ類別変更。「カボット」(CV-28)と改称
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-28)
      7月24日竣工
1944年 2月17日〜トラック島空襲に参加
      6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
     10月12日〜台湾沖航空戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
1945年 3月19日呉軍港空襲に参加
      4月 7日〜坊ノ岬沖海戦に参加
1947年 1月 6日保管船となる。退役は同年2月15日付
1948年10月27日再就役
1956年 1月22日航空機着艦練習特務艦に類別変更(AVT-3)
1967年 8月30日スペインに貸与される(後にスペインが買収した)
1973年近代化改修完了。空母「デダロ」[Dedalo]と改名
1989年 8月 5日除籍。船体は米国のカボット/デダロ財団に寄付される
1997年10月スクラップとして解体処分される
バターン[Bataan](CL-99/CV-29/CVL-29/AVT-4)
1942年 8月31日ニューヨーク造船にて軽巡「バッファロー」[Buffalo](CL-99)として起工
1943年 5月15日空母へ類別変更。「バターン」(CV-29)と改称
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-29)
      8月 1日進水
1944年 5月13日竣工
1945年 3月19日呉軍港空襲に参加
      7月24日〜再度、呉軍港空襲に参加
1947年 1月 6日保管船となる。退役は同年2月16日付
      2月20日再就役
1956年 1月22日航空機着艦練習特務艦に類別変更(AVT-4)
1959年 8月23日除籍。後にスクラップとして解体処分される
サン・ジャシント[San Jacinto](CL-100/CV-30/CVL-30/AVT-5)
1942年10月26日ニューヨーク造船にて軽巡「リプリサル」[Reprisal](CL-100)として起工
 建造途中で艦名を「ニューアーク」[Newark]と改名
1943年 5月15日空母へ類別変更。「サン・ジャシント」(CV-30)と改称
      7月15日軽空母へ類別変更(CVL-30)
      9月23日進水
     12月15日竣工
1944年 6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
     10月12日〜台湾沖航空戦に参加
     10月23日〜フィリピン沖海戦に参加
1945年 4月 7日〜坊ノ岬沖海戦に参加
1947年 1月 6日保管船となる。退役は同年3月1日付
1959年 5月10日再就役。航空機着艦練習特務艦に類別変更(AVT-5)
1968年除籍。後にスクラップとして解体処分される


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