重巡洋艦 ウィチタ

Heavy Cruiser "Wichita"

アメリカ海軍


USS CA45 Wichita
スペックデータ
排水量:(満)13,015t ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油1,994t
全長:(全)185.42m
全幅:18.82m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:7.24m
出力:100,000hp
武装:
55口径8inch3連装砲3基、38口径5inch単装高角砲8基、
水偵4機搭載
最大速力:33.5kt
航続距離:15ktで10,000浬
乗員定数:929名

同型艦名(1隻)
ウィチタ[Wichita]

重巡洋艦ウィチタについて
 米国海軍が建造した条約型重巡の最終モデル。 「ニュー・オーリンズ」型 重巡洋艦の最終艦である「ヴィンセンズ」が竣工しても、まだ米国海軍に割り当てられた巡洋艦保 有制限の枠に1隻分の余裕があることが判明したため、1934年度計画で建造が決定された艦である。
 船体は「ブルックリン」型 軽巡の設計を流用したものが採用されているため、米重巡洋艦としては初めて艦後尾に航空艤装が施さ れた艦となった。また対空砲として駆逐艦の主砲にも採用された5インチ連装両用砲を搭載し、火力の増 強を図っている。砲塔や舷側装甲も「ニュー・オーリンズ」型に比べ厚くなっており防御力も強化され た。
 しかし「ポートランド」型 以降の米重巡洋艦の悩みであったトップヘビーによる復原性能の悪化は、この装甲強化によりますます 顕著となったため、当艦は艦底に200トンものバラストを常時搭載する必要が生じている。
 第二次大戦初頭から大西洋戦線で船団護衛などに従事したが、大戦中期以降は太平洋戦線へ転戦し対 日戦を終戦まで戦った。

重巡洋艦ウィチタの歴史
ウィチタ[Wichita](CA-45)
1935年10月28日フィラデルフィア海軍工廠にて起工
1937年11月16日進水
1939年 2月16日竣工
 主にカリブ海にて任務に従事
     12月〜カリブ海にて中立パトロールを実施
1940年 5月〜ドイツの影響を押さえるため南米近海にて行動する
1941年 4月〜大西洋にて船団護衛任務に従事
     12月 7日〜米国参戦のため戦争状態に突入する
1942年 4月〜英海軍の指揮下に入り、北海にて船団護衛に従事
     10月〜北アフリカ上陸作戦を支援
1943年 1月〜太平洋戦線へ転戦
      1月29日レンネル島沖海戦(米呼称レンネル島海戦)に参加
      4月〜北太平洋へ移動。アリューシャン方面への攻撃を支援
1944年 1月〜南太平洋へ移動。マーシャル諸島攻略を支援
      2月〜トラック島空襲を支援
      6月19日〜マリアナ沖海戦(米呼称フィリピン海海戦)に参加
     10月23日〜比島沖海戦(米呼称レイテ湾海戦)に参加
1945年 3月〜沖縄攻略戦を支援
      9月〜日本占領軍として佐世保へ進駐
     11月〜本国へ帰還
1946年 7月15日保管船となる(退役は47年2月3日付)
1959年 3月 1日除籍。同年8月スクラップとして売却される


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