ポートランド型 重巡洋艦

"Portland" Class Heavy Cruisers

アメリカ海軍


USS CA33 Portland
スペックデータ
排水量:(満)13,750t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:不明
全長:(全)186.03m
全幅:20.12m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:6.71m
出力:107,000hp
武装:
55口径8inch3連装砲3基、25口径5inch単装砲8基、
40mmボフォース機関砲24門、20mmエリコン機関砲28門、
水偵2基搭載
最大速力:32.7kt
航続距離:15ktで10,000浬
乗員定数:876〜1,200名

同型艦名(2隻)
ポートランド[Portland]インディアナポリス[Indianapolis]

ポートランド型重巡洋艦について
 「ノーザンプトン」型重巡に 続き建造された条約型重巡洋艦。「ノーザンプトン」型の設計を踏襲しているが、船体が若干延長され 艦橋も大型化されている。
 日本海軍と異なり魚雷戦に重きを置かなかったアメリカ海軍は「ノーザンプトン」型で完成後に魚雷発 射管を撤去しているが、当クラスでは最初から魚雷発射管の搭載は行われていない。だが艦橋の大型化や 砲熕兵装の強化によるトップヘビー化の傾向があり、復原性に難があったと言われている。
 2番艦である「インディアナポリス」は日本に落とされる原爆をテニアン島に輸送した艦として有名 であるが、この輸送任務が完了した直後に日本海軍潜水艦 「イ−58」に撃沈 されている。このことからIF戦記ものの小説などでは『もし輸送任務中に撃沈されていたとしたら?』 という状況を作るため引き合いに出されることが多い艦となっている。

ポートランド型重巡洋艦の歴史
ポートランド[Portland](CL-33/CA-33)
1930年 2月17日ベスレヘム・スティール社にて軽巡洋艦(CL-33)として起工
1931年 7月 1日ロンドン条約により重巡洋艦(CA-33)へ類別変更される
1932年 5月21日進水
1933年 2月23日竣工
 主に太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により、戦争状態に突入
1942年 5月 7日〜珊瑚海海戦に参加
      6月 5日〜ミッドウェイ海戦に参加
      8月24日第二次ソロモン海戦(米呼称東部ソロモン海戦)に参加
     10月26日南太平洋海戦(米呼称サンタ・クルーズ諸島海戦)に参加
     11月12日〜第三次ソロモン海戦(米呼称ガダルカナル海戦)に参加。日駆逐艦の雷撃を受け大破
 本国にて修理を実施。戦線復帰は翌年3月
1943年 7月〜アッツ島、キスカ島への攻撃を実施
     11月〜ギルバート諸島、マーシャル諸島への攻撃を実施
1944年10月23日〜比島沖海戦に参加
1945年 1月〜コレヒドール攻略を支援
      4月〜沖縄攻略を支援
      8月日本軍との降伏調印を行うためトラック島へ入港
1946年 3月11日退役。保管船となる
1959年 3月 1日除籍。同年10月スクラップとして売却される
インディアナポリス[Indianapolis](CA-35)
1930年 3月21日ニューヨーク造船にて起工
1931年11月 7日進水
1932年11月15日竣工
 主に太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により、戦争状態に突入
1942年 2月20日ニューギニアを攻撃(ニューギニア沖海戦)
      5月〜日本軍のアリューシャン攻撃に備え、北太平洋へ展開
1943年〜南太平洋にて日本軍補給線の破壊任務に従事
1944年〜中部太平洋にて島嶼攻略戦を支援
1945年 2月〜硫黄島攻略を支援
      3月31日沖縄沖にて日本軍特攻機の攻撃を受け損傷
 本国にて修理を実施。戦線復帰は同年7月
      7月中頃カリフォルニアから原子爆弾を搭載しテニアン島へ向け出港
      7月29日輸送任務完了後フィリピンへ向かう途中、日潜水艦「イ−58」の雷撃を受け沈没


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