ノーザンプトン型 重巡洋艦

"Northampton" Class Heavy Cruisers

アメリカ海軍


USS CA27 Chster
スペックデータ
排水量:(満)12,300t ボイラー:White Forster罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:不明
全長:(全)182.96m
全幅:20.18m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:7.01m
出力:107,000hp
武装:
55口径8inch3連装砲3基、25口径5inch単装高角砲4基(Augustaは
後に8基へ増設)、40mmボフォース機関砲32門、20mmエリコン機関砲
27門、21inch魚雷3連装発射管2基(後に撤去)、水偵4機搭載
最大速力:32.7kt
航続距離:13ktで13,000浬
乗員定数:872〜1,200名

同型艦名(6隻)
ノーザンプトン[Northampton]チェスター[Chester]ルイビル[Louisville]
シカゴ(初代)[Chicago(1)]ヒューストン(初代)[Houston(1)]オーガスタ[Augusta]

ノーザンプトン型重巡洋艦について
 「ペンサコラ」型に続い て計画建造された重巡洋艦。基本的な設計は「ペンサコラ」型を踏襲しているが、主砲塔は3連装3基と なったため「ペンサコラ」型より砲門数は減っている。
 主砲の数は減少したが、カタパルトは2基に増設されており水偵搭載機数も倍増されている(しかし格納 庫が無いため搭載水偵は露天係止であった。また上甲板形状は「ペンサコラ」型ではフラッシュデッキ( 艦首から艦尾まで同じ階層の甲板)だったものを船首楼形式(艦首部分が高くなっている)に改められて いる。
 第二次大戦では最終艦の「オーガスタ」以外は太平洋戦線で対日本戦を戦っており、姉妹艦半数の3隻 が戦没している。

ノーザンプトン型重巡洋艦の歴史
ノーザンプトン[Northampton](CL-26/CA-26)
1928年 4月12日ベスレヘム・スティール社にて軽巡洋艦(CL-26)として起工
1929年 9月 5日進水
1930年 5月17日竣工
1931年 7月 1日ロンドン条約により重巡洋艦(CA-26)へ類別変更される
 主に太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により日本軍奇襲部隊の捜索に従事
1942年 1月〜ウェーキ、マーカス島などを砲撃
      4月〜東京空襲の機動部隊に所属し空母「ホーネット」を護衛
      6月 5日〜ミッドウェイ海戦に参加
     10月26日南太平洋海戦(米呼称サンタ・クルーズ諸島海戦)に参加
     11月30日ルンガ沖夜戦(米呼称タサファロンガ海戦)に参加。日駆逐艦の雷撃を受け沈没
チェスター[Chester](CL-27/CA-27)
1928年 3月 6日ニューヨーク造船にて軽巡洋艦(CL-27)として起工
1929年 7月 3日進水
1930年 6月24日竣工
1931年 7月 1日ロンドン条約により重巡洋艦(CA-27)へ類別変更される
 主にカリブ海、太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により日本軍奇襲部隊の捜索に従事
      1月〜サモア上陸、タロア上陸などを支援
      2月 1日タロア上陸を支援中に日本軍機の攻撃を受け損傷
      2月 3日〜真珠湾にて修理を実施。完了は同年4月
      5月 7日〜珊瑚海海戦に参加
      9月〜南太平洋の島嶼攻略戦に参加
     10月20日日潜「イ−176」の雷撃を受け損傷。自力でエスピリットサント島へ帰還
     11月〜ノーフォークにて修理を実施。完了は翌年9月
1943年11月〜マーシャル諸島攻略などを支援
1944年 5月〜北太平洋にて各種攻略戦を支援
      9月〜エニウェトク、マーカス島などを攻撃
     10月25日〜比島沖海戦(米呼称レイテ湾海戦)に参加
     11月〜硫黄島攻撃に参加
1945年 6月〜揚子江沿岸部の哨戒に従事
      9月〜進駐任務のため大湊、青森、函館、小樽などへ兵員を輸送
1946年 7月10日退役。保管船となる
1959年 3月 1日除籍。同年8月スクラップとして売却される
ルイビル[Louisville](CL-28/CA-28)
1929年 7月 4日ピュージェット・サウンド海軍工廠にて軽巡洋艦(CL-28)として起工
1930年 9月 1日進水
1931年 1月15日竣工
      7月 1日ロンドン条約により重巡洋艦(CA-28)へ類別変更される
 主にカリブ海、太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により、戦争状態に突入
1942年 5月〜日本軍のアリューシャン攻撃に備え、北太平洋へ展開
      6月〜南太平洋へ転戦、ギルバート諸島、マーシャル諸島攻撃に参加
1943年 1月29日レンネル島沖海戦(米呼称レンネル島海戦)に参加
      5月〜アッツ島、キスカ島攻略に参加
1944年 1月〜マーシャル島などを攻撃
     10月25日〜比島沖海戦に参加
1945年 1月 5日リンガエン湾沖にて日本軍特攻機の攻撃を受け損傷
 本国(メアーアイランド)にて修理を実施。戦線復帰は同年5月
      6月 5日沖縄沖にて日本軍特攻機の攻撃を受け損傷
 真珠湾にて修理を実施中に終戦を迎える
     10月〜占領任務や復員兵輸送任務に従事
1946年 6月17日退役。保管船となる
1959年 3月 1日除籍。同年9月スクラップとして売却される
シカゴ[Chicago](CL-29/CA-29)
1928年 9月10日メアーアイランド海軍工廠にて軽巡洋艦(CL-29)として起工
1930年 4月10日進水
1931年 3月 9日竣工
      7月 1日ロンドン条約により重巡洋艦(CA-29)へ類別変更される
 主にカリブ海、太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により日本軍奇襲部隊の捜索に従事
1942年 2月〜ニューギニア方面への攻撃に参加
      5月 7日〜珊瑚海海戦に参加
      8月 9日〜第一次ソロモン海戦(米呼称サボ島海戦)に参加。日重巡「鳥海」の砲雷撃を受け大破
 シドニー等で応急修理の後、サンフランシスコで本格修理を実施。戦線復帰は翌年1月
1943年 1月29日レンネル島沖海戦に参加。日陸攻の雷撃を受け沈没
ヒューストン[Houston](CL-30/CA-30)
1928年 5月 1日ニューポートニューズ造船にて軽巡洋艦(CL-30)として起工
1929年 9月 7日進水
1930年 6月17日竣工
1931年 7月 1日ロンドン条約により重巡洋艦(CA-30)へ類別変更される
 主にカリブ海、太平洋にて任務に従事
1940年11月〜極東艦隊(根拠地フィリピン)の旗艦となる
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により、戦争状態に突入
1942年 2月 4日ABDA艦隊に所属し、ジャワ沖海戦に参加。日本軍機の爆撃を受け小破
      2月27日〜スラバヤ沖海戦(米呼称ジャワ海海戦)に参加。日本艦隊の攻撃を受け小破
      3月 1日バタビア沖海戦(米呼称スンダ海峡海戦)に参加。日駆逐艦の雷撃を受け沈没
オーガスタ[Augusta](CL-31/CA-31)
1928年 7月 2日ニューポートニューズ造船にて軽巡洋艦(CL-31)として起工
1930年 2月 1日進水
1931年 1月30日竣工
      7月 1日ロンドン条約により重巡洋艦(CA-31)へ類別変更される
 主にカリブ海、太平洋にて任務に従事
1941年12月 7日〜太平洋戦争勃発により、戦争状態に突入
1942年10月〜トーチ作戦(北アフリカ上陸作戦)支援のため地中海方面へ展開
1943年〜大西洋方面にて船団護衛などに従事
      8月23日〜英本国艦隊の指揮下に入り、哨戒任務に従事
     12月〜米艦隊指揮下に戻り、船団護衛任務などに従事
1944年 6月〜ノルマンディ上陸作戦を支援
      8月〜南フランス上陸作戦を支援
     11月20日オーバーホール実施中に原因不明の爆発事故をおこす。戦線復帰は翌年2月
1945年 7月〜大西洋方面にて復員兵輸送に従事
1946年 7月16日退役。保管船となる
1959年 3月 1日除籍。翌年3月スクラップとして売却される


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