バルティモア型 重巡洋艦

"Baltimore" Class Heavy Cruisers

アメリカ海軍


USS CA68 Baltimore
スペックデータ
排水量:(満)17,000t ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油2,250t
全長:(全)205.21m
全幅:21.22m 主機:General Electric式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:7.32m
出力:120,000hp
武装:
55口径8inch3連装砲3基、38口径5inch連装両用砲6基、
40mmボフォース機関砲48門、20mmエリコン機関砲26門、
水偵4機搭載
最大速力:33.0kt
航続距離:15ktで10,000浬
乗員定数:1,700〜2,000名

同型艦名(14隻+キャンセル2隻)
バルティモア[Baltimore]ボストン[Boston]キャンベラ[Canberra]
クインシー(2代)[Quincy(2)]ピッツバーグ[Pittsburgh]セント・ポール[St.Paul]
コロンバス[Columbus]ヘレナ(2代)[Helena(2)]ブレマートン[Bremerton]
フォール・リバー[Fall River]メーコン[Macon]トリード[Toledo]
ロス・アンジェルス[Los Angels]シカゴ(2代)[Chicago(2)]ノーフォーク[Norfolk]
スクラントン[Scranton]  

バルティモア型重巡洋艦について
 無条約時代となってアメリカ海軍が 「クリーブランド」型軽 巡に続いて建造した巡洋艦。条約による制限が無くなったため船体は大型化したが、これは復原性を高 めるのが最も大きな理由であった。
 主砲は 「ニュー・オーリンズ」型「ウィチタ」と同様の8イ ンチ3連装砲塔3基だが、船体が大きくなったため副砲の5インチ両用砲は連装6基に増やされ、対空 機関砲群も増強されている。また艦橋も大型化したため旗艦としての司令部設備を充実させることができ、 戦時中には2,000名を越える兵員を乗艦させて任務に従事している。
 1940年度から順次建造が開始され24隻(改良型となる 「オレゴン・シティ」型 8隻を含む)の建造が予定されたが、うち当クラス2隻はキャンセルされたため完成したのは14隻 (「オレゴン・シティ」型も含めると18隻)に終わっており、完成した艦にしても終戦間際に完成し たものが多いため、実戦を経験していない艦も存在する。一部艦は戦後ミサイル搭載巡洋艦へ改装され、 1970年代末まで現役だった。
 註:資料によっては「ノーフォーク」「スクラントン」は「オレゴン・シティ」型に含まれる場合も あり、どちらが正しいのか当方としては判断がつかないため当サイトでは「バルティモア」型に含むこ ととした(当方が「バルティモア」型と分類した理由としては、建造に携わった造船所が「オレゴン・ シティ」型の場合ベスレヘム・スティール社に集中しており、フィラデルフィア海軍工廠で「シカゴ」 (2代)に続いて建造された両艦は大きな設計変更が無かったであろうと判断したためである)。

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バルティモア型重巡洋艦の歴史
バルティモア[Baltimore](CA-68)
1941年 5月26日ベスレヘム・スティール社にて起工
1942年 7月28日進水
1943年 4月15日竣工
     11月〜太平洋戦線へ投入。マキン、クェゼリン、エニウェトク等の攻略を支援
1944年 6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
      8月〜真珠湾視察のルーズベルト大統領を本国から輸送する
     11月〜ルソン、台湾、硫黄島、沖縄等の攻略を支援
1945年11月〜復員兵輸送任務に従事
1946年 7月 8日退役。保管船となる
1951年11月28日再就役。第6艦隊に所属し大西洋方面で任務に従事
1953年 6月英国エリザベス女王戴冠の記念観艦式に米海軍代表として出席
1955年 1月〜第7艦隊に転属し、太平洋方面で任務に従事
1956年 5月31日退役。保管船となる
1972年除籍。スクラップとして売却される
ボストン[Boston](CA-69)
1941年 6月30日ベスレヘム・スティール社にて起工
1942年 8月26日進水
1943年 6月30日竣工
     12月〜太平洋戦線へ投入。クェゼリン、マジュロ、エニウェトク等の攻略を支援
1944年 6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
      7月〜グアム、パラオ、ヤップ、ルソン、レイテ等攻略を支援
1945年〜中国沿岸部、南西諸島、日本本土攻撃を支援
      9月〜占領任務のため日本近海で任務に従事
1946年 3月12日退役。保管船となる
1952年 1月 4日ミサイル巡洋艦(CAG-1)に類別変更。同年2月から転換工事を開始
1955年11月 1日ミサイル巡洋艦として再就役
1968年 5月重巡洋艦(CA-69)に再度類別変更
1970年 5月 5日退役。74年1月除籍、後にスクラップとして売却される
キャンベラ[Canberra](CA-70)
1941年 9月 3日ベスレヘム・スティール社にて「ピッツバーグ」の名で起工
 建造中に艦名を「キャンベラ」へ変更される
1943年 4月19日進水
     10月14日竣工
1944年 2月〜太平洋戦線へ投入。エニウェトク、パラオ、ヤップ、ニューギニア等攻略を支援
      6月19日〜マリアナ沖海戦に参加
      8月〜フィリピン、モロタイ攻略を支援
     10月 2日〜台湾空襲を支援
     10月13日レイテ湾上陸を支援中に日軍機の雷撃を受け損傷
1945年 2月〜ボストン海軍工廠にて本格修理を実施。完了は同年10月
1947年 3月 7日退役。保管船となる
1952年 1月 4日ミサイル巡洋艦(CAG-2)に類別変更。同年6月から転換工事を開始
1956年 6月15日ミサイル巡洋艦として再就役
1968年 5月重巡洋艦(CA-70)に再度類別変更
1970年 2月退役。78年7月除籍、80年スクラップとして売却される
クインシー(2代)[Quincy(2)](CA-71)
1941年10月 9日ベスレヘム・スティール社にて「セント・ポール」の名で起工
1942年10月16日建造中に艦名を「クインシー」へ変更される
1943年 6月23日進水
     12月15日竣工
1944年 5月〜大西洋戦線へ投入。ベルファスト沖にて訓練を実施
      6月 6日〜ノルマンディ上陸作戦に参加
      7月〜北アフリカ、イタリア沿岸、マルタ等の近海で訓練・上陸支援任務に従事
1945年 1月〜ヤルタ会談に出席するVIPを輸送する
      4月〜太平洋方面へ転戦。沖縄、奄美、南大東島攻略などを支援
      9月〜占領任務のため東京湾へ入港する
1946年10月19日退役。太平洋艦隊の予備役艦となる
1952年 1月31日朝鮮戦争のため再就役。国連軍艦隊の支援に従事
1954年 7月 2日退役。保管船となる
1973年10月 1日除籍。翌年8月スクラップとして売却される
ピッツバーグ[Pittsburgh](CA-72)
1943年 2月 3日ベスレヘム・スティール社にて起工(起工前の予定艦名は「アルバニー」[Albany])
1944年 2月22日進水
     10月10日竣工
1945年 2月〜太平洋戦線へ投入。硫黄島、南西諸島、日本本土への攻撃を支援
      6月 4日沖縄沖にて台風に遭遇、損傷する
      7月〜ピュージェット海軍工廠にて修理を実施。修理中に終戦を迎える
1947年 3月 7日退役。保管船となる
1951年 9月25日〜朝鮮戦争のため再就役。大西洋、カリブ海で訓練・哨戒任務に従事
1952年 2月〜大西洋(第6)艦隊に転属。地中海、インド洋方面で任務に従事
1954年11月〜太平洋(第7)艦隊に転属。横須賀を母港とする
1955年10月28日〜不活性化(モスボール)処理を実施する。退役は翌年4月28日付
1973年10月 1日除籍。翌年7月スクラップとして売却される
セント・ポール[St.Paul](CA-73)
1943年 2月 3日ベスレヘム・スティール社にて起工(起工前の予定艦名は「ロチェスター」[Rochester])
1944年 9月16日進水
1945年 2月17日竣工
      6月〜太平洋戦線へ投入。日本本土への攻撃を支援
      9月〜占領任務のため東京湾へ入港する
     11月〜上海へ移動し、TF73の旗艦となる
1948年〜日本・中国近海にて任務に従事。カタパルトを撤去しヘリ甲板へ改造
1950年 7月〜朝鮮戦争勃発のため台湾海峡へ展開。共産勢力に対する警戒任務に従事
     11月〜朝鮮半島近海へ移動し支援任務に従事
1953年 7月10日砲撃任務中に海岸砲台の砲弾を受け損傷(負傷者無し)
1954年〜朝鮮戦争休戦ラインの哨戒や台湾海峡の哨戒任務に従事
1955年 1月〜第7艦隊旗艦となる
1965年〜南ベトナムへの支援を実施
      9月 2日ベトナム沿岸にて陸上砲台の砲撃を受け損傷(負傷者無し)
1970年12月 7日〜不活性化(モスボール)処理を実施する。退役は翌年4月30日付
1978年 7月31日除籍。80年1月スクラップとして売却される
コロンバス[Columbus](CA-74)
1943年 6月28日ベスレヘム・スティール社にて起工
1944年11月30日進水
1945年 6月 8日進水
1946年 1月〜占領任務のため青島へ進出。鹵獲日潜水艦の海没処分に従事
1948年 5月〜大西洋艦隊に転属。大西洋艦隊旗艦となる
1955年11月〜太平洋艦隊に転属。台湾海峡の警備などに従事
1959年 5月 8日退役。ミサイル巡洋艦への改修工事を実施
      9月30日ミサイル巡洋艦(CG-12)に類別変更
1962年12月 1日改修工事完了。ミサイル巡洋艦として再就役
1975年 1月31日退役。翌年8月9日除籍。77年スクラップとして売却される
ヘレナ(2代)[Helena(2)](CA-75)
1943年 9月 9日ベスレヘム・スティール社にて起工(起工前の予定艦名は「デモイン」[Des Moines])
1945年 4月28日進水
      9月 4日竣工
1946年 2月〜世界一周航海を実施
1947年〜海軍予備役兵の訓練任務に従事
1950年 1月〜太平洋(第7)艦隊に配備。第7艦隊旗艦となる
      8月〜オーバーホール中に朝鮮戦争勃発。8月から朝鮮近海で作戦に参加
1953年 8月〜休戦のため日本海や台湾海峡で警戒任務に従事
1961年 1月〜南太平洋へ配備。第1艦隊旗艦となる
1963年 6月29日退役。保管船となる
1974年 1月 1日除籍。同年11月スクラップとして売却される

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