ポーター型 駆逐艦

"Porter" Class Destroyers

アメリカ海軍 アメリカ海軍


USS DD357 Selfridge
スペックデータ
排水量:(基)1,850t
(DD-360〜363は1,805t)
ボイラー:Babcock&Wilcox罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油646t
全長:(全)116.19m
全幅:11.28m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:6.40m
出力:50,000hp
武装:
38口径5inch連装砲4基、1.1inch4連装機関砲2基、21inch魚雷
4連装発射管2基、爆雷14個搭載(投下軌条2)
※大戦中に複数の艦が主砲塔2基および1.1inch機関砲を撤去し、40
mmボフォース機関砲12門、20mmエリコン機関砲6門を搭載している
最大速力:37.0kt
航続距離:15ktで7,000浬
乗員定数:206〜290名

同型艦名(8隻)
ポーター[Porter]セルフリッジ(2代)[Selfridge(2)]マクドゥーガル[McDougal]
ウィンズロー[Winslow]フェルプス[Phelps]クラーク[Clark]
モフェット[Moffett]バルチ[Balch] 

ポーター型駆逐艦について
 これまで比較的小型の駆逐艦しか建造してこなかったアメリカ海軍であったが、第一次大戦末期になって水雷戦隊を指揮するための大型駆逐艦(嚮導艦)の必要性が認識されるようになってきていた。しかし予算の関係や第一次大戦終結による新造艦建造停止などによりなかなか建造に着手できず、1933年度計画でようやく建造することができたのが当クラスである。
 日本の特型駆逐艦に対抗するため5インチ連装砲を4基も備えた火力重視型の艦として設計されているが、重心上昇を抑えるために搭載砲は仰角の小さな平射砲とされている。また対潜装備は「ファラガット」型同様に縮小されているが、それでも排水量はロンドン条約制限枠一杯の1,850トンになってしまった。
 「ファラガット」型と同様トップヘビーの傾向が強い艦であったため、第二次大戦前に前檣を単純な単脚檣とし後檣を廃止するなどの改修を実施され、大戦中には主砲塔を一部撤去し残った主砲は両用砲に換装、空いた箇所に機関砲を増設するなどの対空兵装強化が行われている。

ポーター型駆逐艦の歴史
ポーター[Porter] (DD-356)
1933年12月18日ニューヨーク造船にて起工
1935年12月12日進水
1936年 8月27日竣工
1937年 5月英国王ジョージVI世戴冠式に際し英国へ表敬訪問を行う
      8月〜サンディエゴを母港とし太平洋艦隊で任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋方面で哨戒任務に従事
1942年10月26日サンタクルーズ諸島海戦(日呼称南太平洋海戦)に参加。日海軍機の攻撃を受け
大破。航行不能となり、米駆「ショー」の雷撃により自沈処分
(米軍記録では日潜「イ−21」の雷撃で沈没となっているが、日本側に記録なし)
     11月 2日艦籍より除籍となる
セルフリッジ(2代)[Selfridge(2)] (DD-357)
1933年12月18日ニューヨーク造船にて起工
1936年 4月18日進水
     11月25日竣工
1937年〜カリブ海、地中海方面にて訓練任務に従事
1941年12月 7日真珠湾にて日本軍機の攻撃を受けるが損傷皆無
攻撃直後からオアフ島周辺海域の哨戒に従事
1942年〜太平洋にて護衛任務や哨戒任務に従事
      8月〜ガダルカナル、ツラギ攻略を支援
1943年〜ポートモレスビー、ヌーメア近海にて哨戒任務に従事
     10月 6日ベララベラ沖にて日駆逐隊と交戦、損傷を負う(ベララベラ海戦)
1944年 5月〜修理後戦線へ復帰、マリアナ、サイパン、フィリピン攻略を支援
1944年 9月〜大西洋方面へ転戦、大西洋横断の船団護衛任務に従事
1945年10月15日退役、11月1日除籍、翌年12月スクラップとして売却される
マクドゥーガル[McDougal] (DD-358/AG-126)
1933年12月18日ニューヨーク造船にて起工
1936年 7月17日進水
     12月 5日(資料によっては12月23日)竣工
 太平洋やカリブ海にて訓練任務に従事
1941年12月〜大西洋方面にて船団護衛に従事
1942年〜南アメリカ沿岸の哨戒任務に従事
1944年12月〜大西洋方面へ転戦、大西洋横断の船団護衛任務に従事
1945年12月17日雑役艦(AG-126)へ類別変更。レーダー連動砲の実験に従事
1946年 6月24日退役、予備役兵の練習船として使用される
1949年 8月15日除籍、同年9月スクラップとして売却される
ウィンズロー[Winslow] (DD-359/AG-127)
1933年12月18日ニューヨーク造船にて起工
1936年 9月21日進水
1937年 2月17日竣工
 大西洋や地中海にて訓練任務に従事
1941年〜大西洋にて中立パトロールを実施
1942年〜米国参戦後は南大西洋にて哨戒任務に従事
1944年〜北大西洋にて船団護衛任務に従事
1945年 9月17日雑役艦(AG-127)へ類別変更。対空兵装の実験に従事
1950年 6月28日退役、予備役艦となる
1957年12月5日除籍、59年2月スクラップとして売却される
フェルプス[Phelps] (DD-360)
1934年 1月 2日ベスレヘム鉄工クインシー造船所にて起工
1935年 7月18日進水
1936年 2月26日竣工
 太平洋などで訓練任務に従事
1941年12月 7日真珠湾にて日本軍機の攻撃を受けるが損傷皆無
対空射撃により日軍機1機を撃墜
1942年〜太平洋にて護衛任務や哨戒任務に従事
      5月〜珊瑚海海戦、ミッドウェイ海戦、第2次ソロモン海戦に参加
      8月〜ガダルカナル攻略を支援
1943年 5月〜アリューシャン海域にて哨戒任務、アッツ、キスカ攻略を支援
     11月〜南太平洋へ転戦、マキン、マーシャル諸島、パラオ、サイパン攻略を支援
1944年 2月16日クェゼリン島近海にて日潜「ロ−40」を撃沈(他艦と共同)
     11月〜大西洋へ転戦、大西洋横断の船団護衛任務に従事
1946年 6月24日退役、47年1月28日除籍、同年8月スクラップとして売却される
クラーク[Clark] (DD-361)
1934年 1月 2日ベスレヘム鉄工クインシー造船所にて起工
1935年10月15日進水
1936年 5月20日竣工
 大西洋やカリブ海にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため太平洋方面で護衛任務に従事
1942年12月〜南東太平洋戦隊の旗艦となり、南米沿岸での哨戒任務に従事
1944年 9月〜大西洋方面へ転戦、大西洋横断の船団護衛任務に従事
1945年10月23日退役、11月16日除籍、46年3月スクラップとして売却される
モフェット[Moffett] (DD-362)
1934年 1月 2日ベスレヘム鉄工クインシー造船所にて起工
1935年12月11日進水
1936年 8月28日竣工
 大西洋方面にて訓練任務に従事
1941年〜大西洋にて中立パトロールを実施、米参戦後は南大西洋にて哨戒任務に従事
1943年 5月17日ブラジル沖にて独潜「U−128」を撃沈(他艦と共同)
1944年〜大西洋横断の船団護衛任務に従事
1945年11月 2日退役、47年1月28日除籍、同年スクラップとして売却される
バルチ[Balch] (DD-363)
1934年 5月16日ベスレヘム鉄工クインシー造船所にて起工
1936年 3月24日進水
     10月20日竣工
 太平洋やカリブ海にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発後は太平洋方面にて哨戒任務に従事
1942年〜マーシャル諸島、ガダルカナル、アッツ攻略を支援
1944年 8月〜大西洋方面へ転戦、大西洋横断の船団護衛任務に従事
1945年10月19日退役、11月1日除籍、46年スクラップとして売却される


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