マハン(2代)型 駆逐艦

"Mahan(2)" Class Destroyers

アメリカ海軍 アメリカ海軍


USS DD364 Mahan(大戦中改修後の姿)
スペックデータ
排水量:(基)1,500t ボイラー:Babcock & Wilcox罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油500t
全長:(全)104.04m
全幅:10.79m 主機:General Electric式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:5.18m
出力:46,000hp
武装:
38口径5inch単装両用砲5基、12.7mm単装機銃4基、21inch
魚雷4連装発射管3基、爆雷14個搭載(投下軌条2)
最大速力:37.0kt
航続距離:15ktで6,000浬
乗員定数:150〜180名

同型艦名(16隻)
マハン(2代)[Mahan(2)]カミングス[Cummings]ドレートン[Drayton]
ラムソン(2代)[Lamson(2)]フラッサー(2代)[Flusser(2)]レイド(2代)[Reid(2)]
ケース(2代)[Case]コゥニンガム[Conyngham]カッシン[Cassin]
ショー[Shaw]タッカー[Tucker]ダウンズ[Downes]
クッシング(初代)[Cushing(1)]パーキンス(初代)[Perkins(1)]スミス[Smith]
プレストン(2代)[Preston(2)]  

マハン(2代)型駆逐艦について
 1933年度計画で建造された駆逐艦。基本的に「ファラガット」型の改設計型であるが、雷装強化の要望があったため4連装の魚雷発射管を1基増設して計3基としている。
 3基の魚雷発射管のうち2基を舷側配置としたため、艦幅は「ファラガット」型よりも若干拡大しており、艦前部に搭載された主砲は頑丈なシールドが施された。このためトップヘビー傾向はますます強くなり、また舷側に配置された魚雷発射管は乾舷の低さから荒天時の使用に支障があるなど欠点の多い艦となってしまった。
 しかしボイラーは蒸気温度を高めた新型罐が搭載されており、最高速度は37ノットを発揮できるようになっている。
 なお、大戦中に各種の改修を実施されており個々の艦でスペックが異なってきているため、上記スペック表は基本的な計画値を記載した。

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マハン(2代)型の歴史
マハン(2代)[Mahan(2)] (DD-364)
1934年 6月12日ユナイテッド・ドライドック社にて起工
1935年10月15日進水
1936年 9月18日竣工
 カリブ海や太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて哨戒任務に従事
1942年10月26日サンタクルーズ諸島海戦(日呼称南太平洋海戦)に参加
戦艦「サウスダコタ」と衝突し損傷を負う
1943年 1月〜戦線復帰、南太平洋にて哨戒・護衛任務に従事
1944年11月〜レイテ湾にて哨戒任務に従事
      12月 7日オルモック湾にて日特攻機の攻撃を受け大破
駆逐艦「ウォーク」の雷撃により自沈処分となる
カミングス[Cummings] (DD-365)
1934年 6月26日ユナイテッド造船にて起工
1935年12月11日進水
1936年11月25日竣工
 カリブ海や太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて警護任務に従事
1944年〜ウェーキ島、マーカス島、ルソン、セブ、レイテ島攻略を支援
1945年〜硫黄島、沖縄攻略、日本本土攻撃を支援
       9月母島の占領任務に従事
      12月16日退役、47年1月28日除籍、同年スクラップとして売却
ドレートン[Drayton] (DD-366)
1934年 3月20日バス鉄工所にて起工
1936年 3月26日進水
       9月 1日竣工
 カリブ海や太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて哨戒任務に従事
1942年〜フィジー、ブーゲンビル攻撃を支援
1943年 3月〜ニュージーランド、オーストラリア方面への船団護衛に従事
       9月〜ラエ攻撃、ビスマルク諸島、アドミラルティ諸島攻略を支援
1944年〜ニューギニア、ヤルート、攻略を支援
      12月 5日サン・ペドロ湾にて日陸攻の攻撃を受け損傷を負う
1945年〜ルソン、セブ島、バリクパパン攻略を支援
      10月 9日退役、同月24日除籍、翌年12月スクラップとして売却される
ラムソン(2代)[Lamson(2)] (DD-367)
1934年 3月20日バス鉄工所にて起工
1936年 6月17日進水
      10月21日竣工
 太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて哨戒任務に従事
1942年〜南太平洋にて哨戒任務に従事
      11月30日タサファロンガ海戦(日呼称ルンガ沖夜戦)に参加
1943年 9月〜ニューギニア攻略を支援
1944年〜マーシャル諸島近海にて哨戒任務に従事
      10月〜フィリピン攻略を支援
      11月オルモック湾にて日軍機の特攻を受け中破
1945年 5月〜戦線へ復帰、硫黄島攻略を支援
       9月父島の占領任務に従事
1946年 7月25日ビキニ環礁にて原爆実験の標的艦として使用され沈没
       8月15日除籍
フラッサー(2代)[Flusser(2)] (DD-368)
1934年 6月 4日フェデラル造船にて起工
1935年 9月28日進水
1936年10月 1日竣工
 太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて哨戒任務に従事
1942年〜南太平洋にて哨戒任務に従事
1943年 2月〜フィジー、エスピリットサント、サモア、トンガへの船団護衛に従事
       9月〜ニューギニア攻略を支援
1944年 9月〜マジュロ、フィリピン近海にて警護任務に従事
1945年〜リンガエン湾、セブ島攻略などを支援
       9月佐世保にて占領任務に従事
1946年夏マーシャル諸島における原爆実験に支援船として参加
      12月16日退役
1947年 4月 7日除籍、翌年スクラップとして売却される
レイド(2代)[Reid(2)] (DD-369)
1934年 6月25日フェデラル造船にて起工
1936年 1月11日進水
      11月 2日竣工
 大西洋や太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて哨戒任務に従事
1942年〜太平洋にて警護任務に従事
       8月〜アリューシャン海域にて哨戒、上陸支援任務に従事
       8月31日アトカ島にて日潜水艦「ロ−61」を撃沈
      10月〜南太平洋へ転戦、フィジー、ニューカレドニア近海の哨戒任務に従事
1943年〜ガダルカナル、ニューギニア攻略を支援
1944年〜ニューギニア、ビアク、ウェーキ、レイテ攻略を支援
      12月11日オルモック湾にて日特攻機の攻撃を受け沈没
ケース(2代)[Case] (DD-370)
1934年 9月19日ボストン海軍工廠にて起工
1935年 9月14日進水
1936年 9月15日竣工
 太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて哨戒任務に従事
1942年〜太平洋にて警護任務に従事
       8月〜アリューシャン海域にて哨戒、上陸支援任務に従事
      12月〜南太平洋へ転戦、フィジー近海の哨戒任務に従事
1943年〜太平洋にて哨戒任務に従事
1944年〜マーシャル諸島、パラオ、グアム、マーカス、レイテ、硫黄島攻略を支援
       6月19日マリアナ沖海戦に参加
1945年〜硫黄島攻略を支援、サイパン近海の警護任務に従事
       9月父島にて占領任務に従事
      12月13日退役、47年1月28日除籍、同年スクラップとして売却される
コゥニンガム[Conyngham] (DD-371)
1934年 9月19日ボストン海軍工廠にて起工
1935年 9月14日進水
1936年11月 4日竣工
 カリブ海や太平洋にて訓練任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発のため、太平洋にて哨戒任務に従事
1942年〜太平洋にて警護任務に従事
      10月26日サンタクルーズ諸島海戦(日呼称南太平洋海戦)に参加
      11月 2日コクンボナ襲撃中に僚艦と衝突事故を起こし損傷を負う
1943年 2月〜戦線へ復帰、ヌーメア、ガダルカナル、ラエ攻略を支援
1944年〜ニューギニア海域で警護任務に従事、サイパン、レイテ攻略を支援
1945年〜ルソン、ミンダナオ、パラワン攻略を支援
       2月 1日ルソン島タリン岬沖にて米魚雷艇「PT-77」「PT-79」を日本軍艦艇と誤認
砲撃により2隻を撃沈する(他艦と共同)
1946年 7月25日ビキニ環礁にて原爆実験の標的艦として使用される
      10月20日退役、48年6月13日除籍、同年実艦標的として使用されカリフォルニア沖にて沈没

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