グリーブス型 駆逐艦

"Gleaves" Class Destroyers

アメリカ海軍 他 アメリカ海軍 イタリア海軍 ギリシア海軍 中華民国海軍


USS DD432 Kearny
スペックデータ
排水量:(基)1,620t ボイラー:Babcock & Wilcox罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油500t
全長:(全)106.17m
全幅:11.00m 主機:Westinghouse式ギヤードタービン×2基、2軸推進
(DD-441〜444はGeneral Electric式ギヤードタービン×2基、2軸推進)
吃水:4.32m
出力:50,000hp
武装:
38口径5inch単装両用砲5基(後に4基へ減)、1.1inch4連装
機関砲1基、12.7mm単装機銃10基、21inch魚雷5連装発射管
2基(後に1基へ減)、爆雷22個搭載(投射機1、投下軌条2)
※各艦とも大戦中に対空兵装を強化している
最大速力:35.0kt
航続距離:12ktで6,500浬
乗員定数:208名

同型艦名(18隻)
グリーブス[Gleaves]ニブラック[Niblack]リヴァモア[Livermore]
エバリー[Eberle]プランケット[Plunkett]ケアニー[Kearny]
グウィン(2代)[Gwin(2)]メレディス(2代)[Meredith(2)]グレイソン[Grayson]
モンセン(初代)[Monssen(1)]ウルジー(2代)[Woolsey(2)]ラドロー(2代)[Ludlow(2)]
エディソン[Edison]エリクソン[Ericsson]ウィルクス[Wilkes]
ニコルソン[Nicholson]スワンソン[Swanson]イングラム(2代)[Ingraham(2)]

グリーブス型駆逐艦について
 1939年度から1940年度にかけて建造された駆逐艦。1938年度の「ベンソン」型と共に建造された「グリーブス」の設計(設計実施はギブス&コックス社)を使用しているため、当サイトでは「グリーブス」型としてまとめているが、資料によっては1941年度計画で建造された「アーロン・ワード」以降の艦を含めて「リヴァモア」型としているものや、「ベンソン」型に含めて紹介しているものも見受けられる。
 船体寸法やスペックは「ベンソン」型と差異無く、煙突の形状が若干異なることを除けば外見上の違いは対空兵装として75口径1.1インチ4連装機関砲が搭載されていることぐらいであろう。開戦後に「ベンソン」型と同様主砲塔や魚雷発射管を減じて40ミリ機関砲や20ミリ機関砲の追加装備を行っている。

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グリーブス型駆逐艦の歴史
グリーブス[Gleaves] (DD-423)
1938年 5月16日バス鉄工所にて起工
1939年12月 9日進水
1940年 6月14日竣工
 カリブ海や大西洋にて任務に従事
1941年12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。北大西洋にて船団護衛に従事
1943年 5月〜シシリー、サレルノ上陸を支援
1944年〜アンツィオ、南フランス上陸を支援、イタリア沿岸部砲撃に参加
1945年 2月〜本土へ帰還。東海岸にて訓練任務に従事
      9月日本本土の占領任務に従事。長崎へ入港
     12月〜復員兵輸送任務に従事
1946年 5月 8日退役。予備役艦となる
1969年11月 1日除籍。72年スクラップとして売却される
ニブラック[Niblack] (DD-424)
1938年 8月 8日バス鉄工所にて起工
1940年 5月18日進水
      8月 1日竣工
 カリブ海や大西洋にて任務に従事
1941年12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。北大西洋にて船団護衛に従事
1942年11月〜北アフリカ上陸を支援
1943年 5月〜シシリー、サレルノ上陸を支援
1944年〜地中海にて哨戒任務や船団護衛に従事
      5月18日地中海にて独潜「U−960」を撃沈する(他艦と共同)
      8月〜南フランス上陸を支援
1945年〜大西洋にて船団護衛や哨戒任務に従事
      9月日本本土の占領任務に従事。佐世保、松山へ入港
1946年 6月退役。予備役艦となる
1968年 7月31日除籍。73年スクラップとして売却される
リヴァモア[Livermore] (DD-429)
1939年 3月 6日バス鉄工所にて起工
1940年 8月 3日進水
     10月 7日竣工
 大西洋にて船団護衛や中立パトロールに従事
1941年12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。大西洋にて船団護衛に従事
1942年11月〜北アフリカ上陸を支援
1943年〜中部大西洋にて船団護衛に従事
1944年〜地中海へ転戦。イタリア沿岸部砲撃に参加、南フランス上陸を支援
1945年〜大西洋にて船団護衛に従事
      9月占領任務に従事。和歌山へ入港
     11月〜アリューシャン海域へ移動、復員兵を乗せ本国へ帰還
1947年 1月24日退役。予備役艦となる
1956年 7月19日除籍。61年スクラップとして売却される
エバリー[Eberle] (DD-430)
1939年 4月12日バス鉄工所にて起工
1940年 9月14日進水
     12月 4日竣工
 カリブ海にて中立パトロールに従事
1941年12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。大西洋にて哨戒任務や船団護衛に従事
1942年11月〜北アフリカ上陸を支援
1943年〜南大西洋や中部大西洋にて哨戒任務に従事
1944年〜地中海へ転戦。南フランス上陸を支援
1945年11月〜アリューシャン海域へ移動。ソビエト領を訪問
1946年 6月 3日退役。予備役艦となる
1951年 1月22日ギリシアへ供与され、艦名を「ニキ」[Νίκη]と改名(米海軍籍除籍は同月24日)
1972年ギリシア海軍籍を除籍。同年スクラップとして解体処分される
プランケット[Plunkett] (DD-431)
1939年 3月 1日フェデラル造船にて起工
1940年 3月 9日(3月7日説あり)進水
      7月17日竣工
 カリブ海や大西洋にて任務に従事
1941年12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。北大西洋にて哨戒任務や船団護衛に従事
1942年11月〜北アフリカ上陸を支援
1943年〜南大西洋にて哨戒任務や船団護衛に従事
      5月〜シシリー、サレルノ上陸を支援
1944年 1月22日アンツィオ上陸を支援中、独軍機の爆撃を受け損傷を負う
      6月〜修理完了後戦線復帰。ノルマンディ、南フランス上陸を支援
1945年〜大西洋にて船団護衛に従事
1945年 9月〜日本本土やアリューシャン海域にて占領任務に従事
1946年 5月 3日退役。予備役艦となる
1954年 2月16日台湾(中華民国)へ供与され、艦名を「南陽(ナン・ヤン)」[Nan Yang]と改名
1975年台湾海軍籍除籍。同年スクラップとして解体処分される
ケアニー[Kearny] (DD-432)
1939年 3月 1日フェデラル造船にて起工
1940年 3月 9日進水
      9月13日竣工
 カリブ海や大西洋にて任務に従事
1941年10月17日北大西洋にて船団護衛中、独潜「U−568」の雷撃を受け損傷を負う
1942年〜修理完了後戦線復帰。中南米にて哨戒任務に従事
     11月〜北アフリカ上陸を支援
1943年〜中部大西洋にて船団護衛や哨戒任務に従事
1944年〜アンツィオ、南フランス上陸を支援
     10月〜大西洋にて船団護衛に従事
1945年 9月占領任務に従事。和歌山へ入港
1946年 3月 7日退役。予備役艦となる
1971年 6月 1日除籍。72年スクラップとして売却される
グウィン(2代)[Gwin(2)] (DD-433)
1939年 6月 1日ボストン海軍工廠にて起工
1940年 5月25日進水
1941年 1月15日竣工
 カリブ海にて任務に従事
     12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。北大西洋にて哨戒任務に従事
1942年 4月〜太平洋戦線へ転戦。日本本土空襲部隊の護衛任務に従事
      5月〜珊瑚海戦(日呼称珊瑚海海戦)、ミッドウェイ海戦に参加
      7月〜ガダルカナル攻略を支援
     11月13日ガダルカナル海戦(日呼称第3次ソロモン海戦)に参加
日軽巡・駆逐艦の砲撃を受け中破
1943年 4月〜修理完了後戦線復帰。南太平洋にて警護任務に従事
      7月12日コロンバンガラ海戦(日呼称コロンバンガラ島沖海戦)に参加。日艦隊の砲雷撃を
受け大破。翌13日米駆逐艦「ラルフ・タルボット」(DD-390)の雷撃により自沈処分
メレディス(2代)[Meredith(2)] (DD-435)
1939年 6月 1日ボストン海軍工廠にて起工
1940年 4月24日進水
1941年 3月 1日竣工
 カリブ海や大西洋にて任務に従事
     12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。北大西洋にて哨戒任務に従事
1942年 4月〜太平洋戦線へ転戦。日本本土空襲部隊の護衛任務に従事
      6月〜中部太平洋にて警護任務に従事
     10月15日サン・クリストバル島沖にて日空母「瑞鶴」艦載機の攻撃を受け沈没
グレイソン[Grayson] (DD-436)
1939年 7月17日チャールストン海軍工廠にて起工
1940年 8月 7日進水
1941年 2月14日竣工
 大西洋やカリブ海にて任務に従事
     12月〜米国参戦のため戦争状態へ突入。北大西洋にて哨戒任務に従事
1942年 4月〜太平洋戦線へ転戦。日本本土空襲部隊の護衛任務に従事
      7月〜ガダルカナル攻略を支援。東部ソロモン海戦(日呼称第二次ソロモン海戦)に参加
      9月〜南太平洋にて警護任務や哨戒任務に従事
1944年〜マーシャル、マジュロ、フィリピン攻略を支援
1945年〜沖縄攻略を支援
      9月降伏調印のため東京湾に入港
1947年 2月 4日退役。予備役艦となる
1972年 6月 1日除籍。74年スクラップとして売却される

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