ザドルニィ型 掃海艇

"Zadornyy" Class Minesweeper
Тральщики класса "Задорный"


ドイツ帝国海軍→ラトビア海軍→ソビエト赤軍
 ドイツ帝国海軍 ラトビア海軍 ソビエト海軍


Virsaytis
「ヴィルサイティス」(ラトビア海軍時代:Photo from Wikipedia Commons)
スペックデータ(【 】内はВирсайтисの数値)/ソビエト海軍編入時
排水量:(基)535t ボイラー:(形式不詳)罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭 120t
全長:(全)59.3m
全幅:7.3m【7.4m】 主機:(メーカー不詳)三段膨張式レシプロ機関×2基、2軸推進
吃水:2.2m
出力:1,750hp
    【1,850hp】
武装:
42口径10.5cm単装砲2基【53口径8.4cm単装砲2基、40口径47mm単装砲2基】、
機雷30個搭載【機雷40個搭載】、各種掃海具
最大速力:16.0kt
航続距離:10ktで1,000浬
乗員定数:70名【57名】

同型艦名(2隻)
ザドルニィ [Задорный (Zadornyy)]ヴィルサイティス [Вирсайтис (Virsaytis)]

ザドルニィ型 掃海艇について

 元はラトビア海軍の掃海艇だったが、1940年にラトビアがソビエト連邦に併合された際に、ソビエト海軍バルト海艦隊へ編入となったものである。両艇とも元は第一次大戦中にドイツで1916型掃海艇[Minensuchboot 1916]として建造されたもので、ドイツからラトビア、そしてソビエトへと数奇な運命をたどった艇である。
 なお、「ヴィルサイティス」の方が起工・竣工が早かったため、資料によっては「ヴィルサイティス」をネームシップとしているものもある。

 建造した造船所が異なるため、船体寸法や兵装、性能などに若干の差があるが、同クラスとして扱った。


ザドルニィ型 掃海艇の歴史
ザドルニィ [Задорный (Zadornyy)]
1916年独ゼーベック社[Seebeck]にて起工
1917年10月31日進水
      11月30日独海軍掃海艇「M59」として竣工
1922年 8月 2日ラトビアが購入。「プレジデンタス・スメトナ」[Presidentas Smetona]と改名、編入
1934年艇名を「アナスタサス・スメトナ」[Anastasas Smetona]と改名
1940年 6月艇名を「プリムナス」[Primunas]と改名
       8月ソビエト海軍へ編入となり、艇名を「ザドルニィ」と改名
1941年 1月艇名を「コラル」[Коралл (Korall)]と改名
       8月艇名を掃海艇「76号」[No.76]と改名
       9月 7日護衛艦に類別変更。艇名を「コラル」に戻す
1943年11月25日掃海艇に類別変更
1944年 6月 5日電磁掃海艇に類別変更
       8月29日艇名を「T-33」と改名
1945年 1月11日アエグナ島(現エストニア領)近海にて触雷、沈没
ヴィルサイティス [Вирсайтис (Virsaytis)]
1916年独ネプトゥーン社[Neptun]にて起工
1917年 7月25日進水
      10月 6日独海軍掃海艇「M68」として竣工
      10月29日リガ湾にて触雷。浸水着底
1918年浮揚後、リガへ曳航され修理を実施
1919年 1月哨戒艇「サルカナ・ラトビア」[Sarkana Latvija]と改名
       7月 1日ラトビア海軍へ編入。艇名を「ヴィルサイティス」と改名
1921年11月10日ラトビア海軍旗艦となる
1940年 8月ソビエト海軍へ編入
      10月17日艇名を「T-297」と改名
1941年 9月 7日護衛艦に類別変更。艇名を「ヴィルサイティス」に戻す
      12月 3日船団護衛中にフィンランド湾にて触雷、沈没


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