ウラジミール・ポルヒン型 掃海艇

"Vladimir Polukhin" Class Minesweeper
Тральщики класса "Владимир Полухин"


ソビエト赤軍 ソビエト海軍


Vladimir Polukhin
「ウラジミール・ポルヒン」(1945年頃)
スペックデータ
排水量:(基)690t ボイラー:(形式不詳)罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油 191t
全長:(全)79.2m
全幅:8.1m 主機:DK-1型ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.5m
出力:8,000hp
武装:
54口径10cm単装砲2基、43口径45mm単装砲×1基、
63口径37mm単装砲3基、70口径20mm単装機関砲2基、
12.7mm単装機銃4基、機雷20個搭載、各種掃海具、
爆雷20個(投射機2)搭載可能
最大速力:22.4kt
航続距離:11ktで2,000浬
乗員定数:125名

同型艦名(2隻)(プロジェクト59で計画された艇のみ掲載)
ウラジミール・ポルヒン [Владимир Полухин (Vladimir Polukhin)]
ワシリー・グロモフ [Василий Громов (Vasiliy Gromov)]

ウラジミール・ポルヒン型 掃海艇について

 1930年代後半になってソビエト海軍は駆潜艇と掃海艇を兼用する艇の建造を計画し、プロトタイプとしてプロジェクト59の名称で2隻の建造を行うこととした。そこで建造されたのが当クラスである。
 通常の掃海艇は掃海具を曳航して掃海を行うため、機関は低速でも粘り強い蒸気機関やディーゼル機関が使用されているが、当クラスは駆潜艇としての任務にも堪えられるよう、蒸気タービンと高出力機関により八千馬力で22ノットの高速を発揮できた。

 当クラスは1930年代末から建造が開始されているが、対独戦の勃発などにより竣工は1943年になっている。当クラスに引き続き発展改良型としてプロジェクト73Kの名称で18隻の建造が予定されたが、これらの艇は戦禍による建造中止や工事の遅れなどにより、大戦中に竣工しなかったため当サイトでは掲載していない。


ウラジミール・ポルヒン型 掃海艇の歴史
ウラジミール・ポルヒン [Владимир Полухин (Vladimir Polukhin)] (T-250)
1939年 5月ペトロザヴォド(370)[Petrozavod]造船所にて起工
1940年 3月30日進水
1942年11月(7月11日説あり)竣工。バルト海艦隊にて任務に従事
1954年12月艦隊曳船へ類別変更。艇名を「フォレル」[Форель (Forel)]と改名
1956年12月係留工作船へ類別変更
1957年宿泊船となる。以降の消息不明
ワシリー・グロモフ [Василий Громов (Vasiliy Gromov)] (T-254)
1939年 5月ミッド・ネフスキー(363)[Mid-Nevsky]造船所にて起工
1940年10月 8日進水
1943年12月(9月29日説あり)竣工。バルト海艦隊にて任務に従事
1956年 1月工作船へ類別変更。艇名を「PM-69」と改名。以降の消息不明


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