”P”型 潜水艦

"P" Class Submarines (IV series)
Подводные лодки Тип "П"(IV серия)


ソビエト海軍 ソビエト海軍


P-1
P-3(Iskra)
(上段)P−1”プラウダ”(竣工直後)/(下段)P−3”イスクラ”(司令塔改修後)
スペックデータ
排水量(水上):955t排水量(水中):1,671t全長:(全)81.6m
出力(水上):5,400hp出力(水中):1,000hp全幅:8.0m
最大速力(水上):19.75kt最大速力(水中):8.22kt吃水:2.91m
航続距離(水上):11ktで5,535浬航続距離(水中):2.5ktで105浬乗員数:50名
燃料搭載量:重油92t安全潜行深度:50m
主機関:MAN式M10V49/48ディーゼル機関×2基+PP84/95型電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷10発搭載》21inch魚雷発射管6門(艦首4、艦尾2)、
10cm単装砲2基、45mm単装機関砲1基

同型艦名(3隻)
P−1”プラウダ”
[П-1"Правда"(Pravda)]
P−2”ズヴェズダ”
[П-2"Звезда"(Zvezda)]
P−3”イスクラ”
[П-3"Искра"(Iskra)]

”P”型潜水艦について

 1930年代初頭にソビエト独自の設計により建造された大型潜水艦。司令塔の前後に10センチ単装砲を設置して砲火力を高めているが、魚雷発射管や魚雷の搭載数は少なかった。なお残されている写真を見ると竣工時には大型の司令塔と砲が一体化したような形状をしていたが(上掲写真上段参照)、1930年代末に改修が行われ射界の広い砲塔型へ改められている(上掲写真下段参照)。

 スペックを見る限りにおいて他国の潜水艦と比べ劣っているように見えないが、実際には稼働率が低く、能力も高くなかったようで3隻が建造されたのみに終わっている。第二次大戦でもほとんど活躍することは無く、大戦初頭に作戦参加した後、戦没した「プラウダ」を除く2隻は実戦任務から外されることになった。


”P”型潜水艦の歴史
P−1”プラウダ”[П-1"Правда"(Pravda)]
1931年 5月21日バルチック(189)工廠[Балтийский завод им]にて起工
1934年 1月 3日進水
1936年 6月 9日竣工。同年7月23日就役
1937年12月〜近代化改修を実施。完了は39年11月
1940年〜第二次大戦に参加。バルト海方面にて作戦に従事(哨戒1回)
1941年 9月17日フィンランド沖にて触雷沈没(9月9日説もある)
     10月 6日除籍
P−2”ズヴェズダ”[П-2"Звезда"(Zvezda)]
1931年12月19日バルチック(189)工廠にて起工
1934年 2月15日進水
1936年 7月 9日竣工。同年7月23日就役
1937年12月〜近代化改修を実施。完了は39年11月
1940年〜第二次大戦に参加。バルト海方面にて作戦に従事(哨戒1回)
1944年 8月10日戦闘任務を解かれ、実験潜水艦となる
1949年 6月 9日艦名を「Б−31」と改名
1951年 9月11日大型潜水艦へ類別変更。工科学校の練習艦となる
1955年 8月 9日兵装を撤去し、倉庫船(?)として使用される
1956年 8月17日除籍。後にスクラップとして解体処分される
P−3”イスクラ”[П-3"Искра"(Iskra)]
1931年12月19日バルチック(189)工廠にて起工
1934年12月 4日進水
1936年 7月 9日竣工。同年7月23日就役
1937年12月〜近代化改修を実施。完了は39年11月
1940年〜第二次大戦に参加。バルト海方面にて作戦に従事
1944年 6月21日戦闘任務を解かれる
1949年 1月12日艦名を「Б−1」と改名。工科学校の練習艦となる
1951年10月 2日大型潜水艦へ類別変更
1952年 6月 2日除籍。実験用途に使用される


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