レンビット型 潜水艦

"Lembit" Class Submarine
Подводная лодка класса "Лембит"


エストニア海軍(ソビエト海軍) エストニア海軍 ソビエト海軍


Kalev
「カレフ」(対独戦前)
スペックデータ
排水量(水上):665t排水量(水中):853.4t全長:(全)59.5mm
出力(水上):1,200hp出力(水中):790hp全幅:7.5m
最大速力(水上):13.7kt最大速力(水中):8.5kt吃水:3.6m
航続距離(水上):9ktで2,600浬航続距離(水中):2.5ktで100浬乗員数:32〜38名
燃料搭載量:重油23t安全潜行深度:90m
主機関:Vickers式ディーゼル機関×2基+(メーカー不詳)電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷8発搭載》21inch魚雷発射管4門(艦首)、
40mm単装ボフォース機関砲1基、機雷20個搭載
(ソビエト籍編入後に7.62mm単装機銃1基を追加)

同型艦名(2隻)
レンビット [Лембит (Lembit)]カレフ [КАЛЕВ (Kalev)]

レンビット型潜水艦について

 1934年にエストニア共和国政府が英国に発注・建造した敷設潜水艦。エストニア海軍近代化のため建造された艦だが、1940年にエストニアがソビエトに占領された際に当潜水艦はソビエト海軍に接収されバルチック艦隊へ編入となった。
 2隻(それぞれ「レンビット」「カレフ」と命名された)とも英ヴィッカース・アームストロング社で建造が行われ、1937年に相次いで就役している。敷設潜水艦としては比較的小型であったため機雷搭載数などは少ないが、自衛用として8発の魚雷を搭載可能だったのでソビエト海軍では哨戒任務にも使用されている。

 「カレフ」は1941年に戦没しているが、「レンビット」は大戦を生き残り1979年から海軍博物館に展示、1991年のソビエト崩壊後はエストニアに返還され、1994年にはエストニア海軍籍に名誉艦として復帰している。
 なお、「レンビット」が独潜水艦「U−479」を体当たり撃沈したという話がソビエト公式戦史に登場するが、状況証拠に乏しく「レンビット」船体の損傷が無いことなどを理由に各種資料では当説を疑問視していることが多い。


レンビット型潜水艦の歴史
レンビット [Лембит (Lembit)]
1935年 6月19日ヴィッカース・アームストロング社にて起工
1936年 7月 7日進水
1937年 5月14日就役。同年7月タリンへ回航されエストニア海軍旗を掲げる
1940年 9月18日ソビエト海軍へ編入。バルト海艦隊所属となる
1941年 6月〜対独戦勃発のため戦争状態となり、哨戒任務等に従事
1944年11月バルト海にて独潜「U-479」と交戦、衝角戦によりこれを撃沈
(各資料では当説は信憑性が欠けるとの記述が多い)
1946年 6月18日艦名を「U-1」と改名
1949年 6月 9日艦名を「S-85」と改名
1956年 1月30日艦名を「STZh-24」と改名
      12月27日艦名を「UTS-29」と改名
1979年エストニアのバルト海艦隊記念博物館に展示公開される。艦名を「レンビット」に戻す
1991年ソビエト体制崩壊のため、エストニア海洋博物館へ
1994年 8月 2日エストニア海軍籍へ復帰(名誉艦籍)。現在も公開中
カレフ [КАЛЕВ (Kalev)]
1935年 5月ヴィッカース・アームストロング社にて起工
1936年 7月 7日進水
1937年 3月12日就役。同年6月タリンへ回航されエストニア海軍旗を掲げる
1940年 9月18日ソビエト海軍へ編入。バルト海艦隊所属となる
1941年 6月〜対独戦勃発のため戦争状態となり、哨戒任務等に従事
      10月29日フィンランド湾にて消息不明となる(触雷沈没と推定)


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2017,06,17(FirstUp 2004,11,23)