”D”型 潜水艦

"D" Class Submarines (I series)
Подводные лодки Тип "Д"(I серия)


ソビエト海軍 ソビエト海軍


Революционер
「レヴォルツィオネル」(1933年頃:Photo from Wikipedia Commons)
スペックデータ
排水量(水上):941t排水量(水中):1,288t全長:(全)76.6m
出力(水上):2,200hp出力(水中):1,050hp全幅:6.4m
最大速力(水上):14.0kt最大速力(水中):9.0kt吃水:3.81m
航続距離(水上):9ktで7,500浬航続距離(水中):3ktで132浬乗員数:53名
燃料搭載量:重油128t安全潜行深度:90m
主機関:42-Б-6型ディーゼル機関×2基+ПГ20型電動モーター×2基、2軸推進
     (Dekabrist、NarodovoletsはMAN式ディーゼル機関を搭載)
武装:
《魚雷14発搭載》21inch魚雷発射管8門(艦首6、艦尾2)、
43口径10.2cm単装砲1基、30口径37mm機関砲1基(45mm
単装機関砲1基とする資料もある)

同型艦名(6隻)
D−1”デカブリスト”
[Д-1"Декабрист"(Dekabrist)]
D−2”ナロドヴォレツ”
[Д-2"Народоволец"(Narodovolets)]
D−3”クラスノヴァルデーツ”
[Д-3"Красногвардеец"(Krasnogvardeets)]
D−4”レヴォルツィオネル”
[Д-4"Революционер"(Revoliutsioner)]
D−5”スパルタコヴェツ”
[Д-5"Спартаковец"(Spartakovets)]
D−6”ヤコビネツ”
[Д-6"Якобинец"(Iakobinets)]

”D”型潜水艦について

 第二次大戦が始まったときのソビエト海軍は総勢130隻を誇る世界最大の潜水艦隊を保有していた(ただしソビエトという広大な国土をカバーするためバルト海・北海・黒海・太平洋と4分割されており各艦隊ごとの割り振りを考えると膨大な数というわけでも無い)。
 だが艦数は多かったものの、帝政ロシア時代の旧式艦もかなり含まれており実戦に耐えうるだけの艦は革命後に建造された当クラス以降の艦だけであった。

 革命による混乱で造船能力がひどく低下したソビエトだったが、1920年代後半になってイタリアの援助を受け重巡や駆逐艦の建造が開始されており、当クラスも同様にイタリアの援助の元で建造が行われている。そのため第一次大戦時や終戦後に建造されたイタリア中型潜水艦に似たスタイルを持つ艦に仕上がっている。
 第二次大戦では、旧式かつ沿岸用の小型潜水艦ということもあってあまり活躍できていない。


”D”型潜水艦の歴史
D−1”デカブリスト”[Д-1"Декабрист"(Dekabrist)]
1927年 3月 5日バルチック(189)工廠[Балтийский завод им]にて起工
1928年11月 3日進水
1930年11月12日竣工
1933年バルト海艦隊に所属。ムルマンスクを拠点とする
1936年 9月23日〜近代化改修を実施。完了は翌年11月
1940年11月13日訓練中の浸水事故により沈没
      12月31日除籍
D−2”ナロドヴォレツ”[Д-2"Народоволец"(Narodovolets)]
1927年 3月 5日バルチック(189)工廠にて起工
1929年 5月19日進水
1931年 9月 6日竣工
1933年バルト海艦隊に所属。ムルマンスクを拠点とする
1941年近代化改修を実施
1942年バルト海にて作戦行動。独貨物船2隻を撃沈(5,461総トン)
1946年〜戦後もバルト海艦隊に所属し任務に従事
1949年 6月 9日艦名を「Б−2」と改名
1956年 6月20日大型潜水艦へ類別変更。訓練任務に従事
       8月17日艦名を「УТС−6」(”ザヴォーツコィ178号”)と改名
1987年 3月 5日兵装を撤去し、浮き桟橋として使用される
1989年 7月 8日除籍。レニングラードの中央海軍博物館に展示される
D−3”クラスノヴァルデーツ”[Д-3"Красногвардеец"(Krasnogvardeets)]
1927年 3月 5日バルチック(189)工廠にて起工
1929年 7月12日進水
1931年10月 1日竣工
1933年バルト海艦隊に所属。ムルマンスクを拠点とする
1938年北極探検に参加
      10月〜近代化改修を実施。完了は40年4月
1940年〜ノルウェー近海にて作戦に従事(哨戒8回、戦果11隻)
1942年 1月17日赤旗勲章受章。同年4月3日親衛称号受章
       6月10日タナフィヨルド付近にて触雷、沈没
       8月 8日除籍
D−4”レヴォルツィオネル”[Д-4"Революционер"(Revoliutsioner)]
1927年 4月14日マルティ(198)工廠[Завод Марти]にて起工
1929年 4月16日進水
1930年12月30日竣工
1931年黒海艦隊に所属。クリミアを拠点とする
1938年12月〜近代化改修を実施。完了は41年9月
1942年 5月〜セヴァストーポリ防衛戦に参加(哨戒16回、戦果6隻)
1943年12月 4日クリミア半島沖にて独特設駆潜艇の攻撃を受け沈没
      12月29日除籍
D−5”スパルタコヴェツ”[Д-5"Спартаковец"(Spartakovets)]
1927年 4月14日マルティ(198)工廠にて起工
1929年 9月28日進水
1931年 4月 5日竣工
 黒海艦隊に所属。クリミアを拠点とする
1941年12月〜船団護衛などに従事
1942年 5月〜セヴァストーポリ防衛戦に参加(哨戒16回)
1943年 3月23日敵機の攻撃を受け損傷を負う。戦時中は修理されず放置となる
1946年10月〜修理を実施。実験潜水艦へ改装される。修理・改装完了は48年頃
1949年 1月12日大型潜水艦へ類別変更。新型兵装の実験に使用される
       6月16日艦名を「Б−32」と改名
1955年12月29日除籍。翌年スクラップとして解体処分される
D−6”ヤコビネツ”[Д-6"Якобинец"(Iakobinets)]
1927年 4月14日マルティ(198)工廠にて起工
1930年 5月12日進水
1931年 6月15日竣工
 黒海艦隊に所属。クリミアを拠点とする
1942年 6月26日セヴァストーポリにて近代化改修実施中だったが、独軍侵攻により工事中止となる
       7月11日独軍の接収をおそれ船体を破壊、自沈する
1945年 6月 7日浮揚後、スクラップとして解体処分される


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