軽巡洋艦 クラスヌイ・クリム

Light Cruiser "Krasnyi Krym"
Крейсер "Красный Крым"


ソビエト海軍


Krasnyi Krym(兵装強化後)
スペックデータ
排水量:(満)8,040t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×13基 燃料搭載量:重油2,900t
全長:(全)158.34m
全幅:15.39m 主機:Curtis-AEG式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:5.99m
出力:50,000hp
武装:
13cm単装砲15基、6.3cm単装砲4基、18inch魚雷3連装発射管2基
機雷100個、水偵1機搭載
(後に10cm連装砲1基、45mm機関砲4基、37mm機関砲10門を追加、
魚雷発射管を21inchのものに換装、水偵設備は撤去された)
最大速力:29.0kt
(実際は24.0kt程度)
航続距離:14ktで3,350浬
乗員定数:850名

同型艦名(1隻)
クラスヌイ・クリム [Красный Крым (Krasnyi Krym)]

軽巡洋艦クラスヌイ・クリムについて
 第一次大戦時に建造を計画された「スヴェトラーナ」型軽巡の準同型として建造された艦である。ロシ ア海軍らしく同型艦で戦隊を組むのではなく単艦で各艦隊に配備されるため、姉妹艦であるはずの 「チェルヴォナ・ウクライナ」と 船体サイズや能力に差があり当サイトでは別々の項で掲載した。
 1914年から建造が開始されたが、造船所の火災やクロンシュタットに侵攻したドイツ軍による接収、 ロシア革命などの余波により竣工は10年以上経過した1926年になってのことであった。
 革命後のソビエトで初めて竣工した大型艦であるが、戦争や革命などの影響により建造力の低下したソ ビエト造船界では満足いく性能のものが作れず、最高速度も予定していた29ノットには遠く及ばない数 値しか出せず、また主砲も露天式もしくはケースメイト式の13センチ単装砲と旧式で、砲門数こそ多いが 左右両弦に並べて配置されているため同時に敵へ向けられる数は限られたものであった。
 第二次大戦では緒戦のオデッサやセバストーポリで艦砲射撃に活躍したが、中期以降は兵員輸送などに 使用されるのみだった。戦後は練習艦として使用され1950年代末まで現役だった。

軽巡洋艦クラスヌイ・クリムの歴史
クラスヌイ・クリム [Красный Крым (Krasnyi Krym)]
1914年バルチック造船所にて起工
1915年12月11日進水
1917年 4月造船所火災のため損傷を受ける
     11月侵攻したドイツ軍によりクロンシュタットへ回航され工事中断
 終戦後もロシア革命の余波から工事再開されず
1924年11月造船所へ回航され、工事再開となる
1925年 2月ソビエト政府の命令により艦名を「プロフィンテルン」[Профинтерн (Profintern)]と改名
1926年10月竣工
1941年 6月〜ノボロシスクを基地とし任務に従事
      8月21日?艦名を「クラスヌイ・クリム」へ改名
      8月〜オデッサの防御戦や反攻上陸戦を支援
     10月〜セバストーポリへの輸送任務やオデッサ撤退支援に従事
     11月〜セバストーポリ防御戦に参加
1942年 1月スダ上陸戦に戦隊旗艦として参加
      3月〜セバストーポリ撤退を支援
      6月18日戦功により親衛称号を授与される
 以降、コサーカス方面で兵員・物資輸送に従事
1943年 2月ミシャコー上陸戦を支援(作戦は失敗に終わる)
1944年11月奪還したセバストーポリへ進出する
1945年 3月 7日練習巡洋艦へ類別変更
1959年 7月除籍。スクラップとして解体処分される


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