軽巡洋艦 チェルヴォナ・ウクライナ

Light Cruiser "Chervona Ukraina"
Крейсер "Червона Украина"


ソビエト海軍


Chervona Ukraina
スペックデータ
排水量:(満)8,270t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油2,900t
全長:(全)166.65m
全幅:15.70m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:6.20m
出力:55,000hp
武装:
13cm単装砲15基、10cm連装砲3基、45mm単装機関砲7基、
18inch魚雷3連装発射管4基、爆雷30発、機雷100個、水偵1機搭載
(後に魚雷発射管を21inchのものに換装)
最大速力:29.0kt
航続距離:14ktで3,700浬
乗員定数:850名

同型艦名(1隻)
チェルヴォナ・ウクライナ [Червона Украина (Chervona Ukraina)]

軽巡洋艦チェルヴォナ・ウクライナについて
 第一次大戦時に6隻の建造が計画された「スヴェトラーナ」型軽巡は第一次大戦やロシア革命の余波を 受け全艦が建造中止となり、うち2隻だけがソビエト政府の手により完成した。当艦はその完成した巡洋 艦の1隻であるが、建造された造船所によって艦型は異なるため姉妹艦である 「クラスヌイ・クリム」(以下 「クリム」と略す)とは基本スペックから異なっている。帝政ロシア時代に「アドミラル・ナヒモフ」 [Адмирал Нахимов (Admiral Nakhimov)]の名で建造が開始されたが「クリム」同様に 竣工は遅れ、1926年になって竣工している。
 3連装の魚雷発射管を4基も搭載する重雷装艦として竣工した当艦であったが水雷戦に投入されること は無く、第二次大戦前に主砲を新型のものに換装する計画もあったが結局計画は延期され、若干の機関砲 を増強したのみで第二次大戦を迎えている。
 第二次大戦ではオデッサ戦に参加したが独軍爆撃機の攻撃を受け大破し、その後浸水、沈没してし まっている。

軽巡洋艦チェルヴォナ・ウクライナの歴史
チェルヴォナ・ウクライナ [Червона Украина (Chervona Ukraina)]
1914年 7月ニコライエフ工廠にて「アドミラル・ナヒモフ」の名で起工
1915年11月 6日進水
1920年 1月白系ロシア軍のニコライエフ撤退に伴いオデッサへ回航される
      2月湾口で着底している所を赤軍の手により浮揚され、造船所へ運ばれる
1922年12月27日艦名を「チェルヴォナ・ウクライナ」と改名する
1923年 4月工事再開される
1927年 3月21日竣工
1930年代黒海方面で活動し、トルコなどへ表敬訪問も行う
1941年10月〜オデッサ撤退を支援
     11月21日独軍爆撃機の爆撃を受け大破、浸水の後沈没する
1947年11月〜浮揚され、船体は浮標として使用される
1950年10月〜海軍航空隊の爆撃訓練標的として使用される
1952年 5月10日実艦標的として使用され、沈没する


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