チャパエフ型 軽巡洋艦

"Chapayev" Class Light Cruisers
Легкий крейсер класса "Чапаев"


ソビエト海軍


Chapayev
スペックデータ
排水量:(満)14,100t ボイラー:KV-68罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:不明
全長:(全)199.00m
全幅:18.70m 主機:TV-7式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:6.90m
出力:124,000hp
武装:
57口径15.2cm3連装砲4基、56口径10cm連装砲4基、
67口径37mm連装機関砲14基、21inch魚雷発射管10門、
機雷70個、水偵2機搭載(計画のみで搭載されなかった)
最大速力:33.4kt
航続距離:17ktで6,360浬
乗員定数:1,184名

同型艦名(5隻+未竣工2隻)
チャパエフ [Чапаев (Chapayev)]ゼレズナコフ [Железняков (Zheleznyacov)]
クイビシェフ [Куйъьпцев (Kuybyshev)]シャカロフ [Чкалов (Chkalov)]
フルンゼ [Фрунзе (Frunze)]他未命名艦2隻

チャパエフ型軽巡洋艦について
 海軍軍縮条約に加盟していなかったソビエトでは条約の制限を受けなかったので1920年代から 30年代にかけて他国の巡洋艦とは異なる主砲口径を持つ艦が計画建造されてきた。ところが各国の状 況を見るに小口径(13センチ砲)では列強軽巡に劣り、大口径(18センチ砲)でも列強重巡に劣る 状態であったため、他国が建造する巡洋艦と釣り合いの取れた砲を持つ巡洋艦建造を行うこととし19 30年代末期に15.2センチ砲を搭載する巡洋艦(他国で言うところの軽巡)の建造を計画した。
 当初計画では17隻もの大量建艦が予定されていたが、第二次大戦勃発のため実際に着工したのは7 隻に過ぎず、うち完成したのは5隻だけだった。
 全艦とも1939年に着工したが第二次大戦による影響のため工事は一時中断し、5隻が完成したの は1950年になってのことで、残り2隻は進水前にドイツ軍がニコライエフへ侵攻し、その後スクラッ プとなった。

チャパエフ型軽巡洋艦の歴史
チャパエフ [Чапаев (Chapayev)]
1939年10月 8日バルチック(189)工廠にて起工
1941年 4月28日進水
      9月第二次大戦のため工事中止となる
1945年第二次大戦終戦後に工事再開となる
1950年 5月16日竣工(5月27日説もある)
      9月19日〜第4艦隊に所属し訓練任務に従事
1951年 7月30日〜北洋艦隊に転属し、任務に従事
1958年 4月18日練習軽巡洋艦に類別変更される
1960年 2月 6日武装を撤去し、倉庫船に類別変更される
     10月29日艦名を「PKZ-25」と改名する
1963年 4月12日除籍。翌年スクラップとして解体処分される
ゼレズナコフ [Железняков (Zheleznyacov)]
1939年10月31日マルティ(194)工廠にて起工
1941年 7月25日進水
      9月第二次大戦のため工事中止となる
1945年第二次大戦終戦後に工事再開となる
1950年 4月19日竣工(7月29日説もある)
      9月 7日〜第4艦隊に所属し訓練任務に従事
1951年 7月30日〜北洋艦隊に転属し、任務に従事
1957年10月14日〜オーバーホールを実施。完了は61年8月
1961年 4月18日練習軽巡洋艦に類別変更される
1973年 5月28日〜バルト海艦隊に転属。スウェーデンやポーランドへの表敬航海を実施
1975年10月21日除籍(76年3月15日説もある)。後に解体処分される
クイビシェフ [Куйъьпцев (Kuybyshev)]
1939年 8月31日ニコライエフ(200)工廠にて起工
1941年 1月31日進水
      夏頃第二次大戦のため工事中止となる
      9月10日ポティへ回航され、係留保管される
1945年第二次大戦終戦後に工事再開となる
1950年 4月20日竣工(7月29日説もある)
      8月 6日〜黒海艦隊に所属し、任務に従事。東欧諸国へ表敬航海する
1958年 4月18日練習軽巡洋艦に類別変更される
1965年12月20日除籍。後にスクラップとして解体処分される
シャカロフ [Чкалов (Chkalov)]
1939年 8月31日バルチック(189)工廠にて起工
1941年 9月第二次大戦のため工事中止となる
1945年第二次大戦終戦後に工事再開となる
1947年10月25日進水
1950年10月25日竣工
1951年 4月22日〜第8艦隊の所属し、訓練に従事
1955年12月24日〜バルト海艦隊に転属し、任務に従事。東欧・北欧へ表敬航海する
1958年 4月18日練習軽巡洋艦に類別変更される
     10月29日艦名を「コムソモーレツ」[Комсомолец (Komsomolets)]と改名する
1973年 5月28日〜レニングラード基地所属となる
1976年 1月28日〜バルト海艦隊に再度転属する
1979年 9月27日除籍。翌年スクラップとして解体処分される
フルンゼ [Фрунзе (Frunze)]
1939年 8月29日マルティ(198)工廠にて起工
1940年12月30日進水
      夏頃第二次大戦のため工事中止となる
      8月 9日ポティへ回航され、係留保管される
1942年頃当艦の部品を流用し、損傷した巡洋艦「モロトフ」の修理を実施する
1945年第二次大戦終戦後に工事再開となる
1950年12月19日竣工(51年3月28日説もある)
1951年 4月 8日〜黒海艦隊に所属し、任務に従事。東欧諸国へ表敬航海する
1958年 4月18日練習軽巡洋艦に類別変更される
1960年 2月 6日除籍。後にスクラップとして解体処分される
未命名艦[Unnamed]
 オルジョニキーゼ工廠およびスヴァドロフ工廠にて起工済だったが
独軍侵攻のため破棄される


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