敷設艇 ドン

Minelayer "Don" (ex "Amiral Murgesku")
Минный заградитель "Дон"


ルーマニア海軍 → ソビエト赤軍 ルーマニア海軍 ソビエト海軍


Amiral Murgesku
「アミラル・ムルゲスク」(ルーマニア海軍時代。1941年頃)
スペックデータ(ソビエト編入時)
排水量:(基)812t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 搭載量不明
全長:(全)77.0m
全幅:9.1m 主機:Krupp社製ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:2.5m
出力:2,200hp
武装:
45口径10.2cm単装砲2基、80口径37mm単装砲2基、
70口径20mm単装機関砲2基、13.2mm単装機銃2基、
機雷120〜135個搭載、爆雷搭載可能(投射機2)
最大速力:16.0kt
航続距離:13ktで3,400浬
乗員定数:135名

同型艦名(1隻+キャンセル3隻)
ドン [Дон (Don)] (旧艇名 アミラル・ムルゲスク [Amiral Murgescu])
(セテティア・アルバ [Cetetea Alba])ほか建造キャンセル 2隻

敷設艇 ドンについて

 ルーマニア海軍が1930年代に建造を計画した敷設艇。ルーマニア国内では戦闘艦艇設計のノウハウが無かったため、設計はオランダのIvS(Ingenieurskantoor voor Scheepsbouw/造船設計事務所)社に依頼して行われており、オランダ海軍の敷設艇「ヤン・フアン・ブラケル」(1936年)に範を取ったと言われている。小型のため機雷用のデッキは持たず機雷は上甲板へ搭載されたが、強力な火砲や対潜爆雷投射機なども装備されるなど、敷設専用ではなく多目的任務に対応できる艇であった。
 計画では2隻(後に2隻追加して計4隻)の建造が予定されたが、ルーマニア国内で建造に着手したのは2隻、竣工できたのはネームシップである「アミラル・ムルゲスク」1隻のみだった。

 第二次大戦が始まるとルーマニアは枢軸側として参戦し、「アミラル・ムルゲスク」も黒海にて機雷敷設に従事している。計画当初の予定どおり機雷敷設だけでなく、船団護衛や兵員輸送などにも従事しており、対空戦闘にて敵機を撃墜する戦果も挙げたが、戦況が敗色濃厚となった1944年8月におきたルーマニア革命により枢軸国から離脱、ドイツへの宣戦布告などと同時期にソビエトへ捕獲されてしまった。
 ソビエトに捕獲された「アミラル・ムルゲスク」は「ドン」と改名し、ソビエト海軍へ編入されたが敷設艇として再利用されることはほとんど無く、練習船や司令船などを経て倉庫船となり、1988年にスクラップとなっている。


敷設艇 ドンの歴史
ドン [Дон (Don)] (旧艇名 アミラル・ムルゲスク [Amiral Murgescu])
1938年 8月ガラティ造船所[Șantierul naval Galați]にて起工
1939年 6月14日進水
1941年 5月竣工
       6月〜黒海などで機雷敷設に従事
1942年 2月スリナ(ルーマニア東端)周辺で船団護衛などに従事
1944年 5月連合軍のクリミア半島侵攻に際し兵員の脱出を支援
       8月23日ルーマニア革命勃発。連合軍へ降伏したため、9月5日ソビエトに捕獲される
       9月14日ソビエト海軍へ編入。艇名を「ドン」と改名
1945年 4月練習船となる
1947年 1月倉庫船となる
1948年 2月司令船となる
1956年 5月非武装化され、宿泊船となる。艇名を「PKZ-107」と改名
1958年 1月修理船となる。艇名を「PM-76」と改名
1966年 6月艇名を「PMR-76」と改名
1988年 5月27日ソビエト海軍除籍。同年スクラップ
(セテティア・アルバ [Cetetea Alba])
1939年ガラティ造船所にて起工
 建造中止となる


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