ジトーミル型 砲艦(河川モニター艦)

"Zhitomir" class Gunboat(River Monitor)
Канонерские Лодки(Речной Мониторы) класса "Житомир"


ソビエト赤軍(旧ポーランド艦) ソビエト海軍 ポーランド海軍


Zhitomir
Bobruysk
ポーランド海軍での当クラス(上段)左から「ピンスク」「ワルシャワ」「トルン」(
(下段)「ホロディシュチェ」(写真はどちらもWikipediaから引用)

スペックデータ(【 】内はソビエト海軍編入後のデータ)
排水量:(基)110t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 搭載量不明
        【ガソリン 搭載量不明】
全長:(全)34.7m
全幅:5.1m 主機:マイバッハ製4気筒ディーゼル機関×3基、3軸推進
   【グレニファー製ガソリンエンジン×2基、2軸推進】
吃水:0.8m
出力:180hp【140hp】
武装:
42口径10.5cm単装砲2基、7.9mm単装機銃5基
(1920年代末に主砲を19口径10cm臼砲1基、36口径75mm連装砲1基に換装)
【34口径75mm連装砲1基、同単装砲1基、7.6mm単装機銃4基】
最大速力:10.0kt【9.0kt】
航続距離:不明
      【6ktで648浬】
乗員定数:49名【44名】

同型艦名(4隻)
ジトーミル [Житомир (Zhitomir)]
(旧艇名「ピンスク」[Pinsk])
バブルイスク [Бобруйск (Bobruysk)]
(旧艇名「ホロディシュチェ」[Horodyszcze])
ヴィーニツァ [Винница (Vinnitsa)]
(旧艇名「トルン」[Torun])
ヴィテブスク [Витебск (Vitebsk)]
(旧艇名「ワルシャワ」[Warszawa])

ジトーミル型 砲艦(河川モニター艦)について

 元は1920年代に建造されたポーランド海軍の河川用モニター艦であるが、1939年にポーランドの国土がドイツおよびソビエト両国から侵攻された際に、捕獲をおそれプリピャチ川にて自沈したものである。その後ミンスク西方(現在のベラルーシ西部)はソビエトに占領・編入され、沈んでいた当クラスも浮揚修理後にドニエプル小艦隊へ編入(ただし修理完了時にはドニエプル小艦隊は解体されており、ピンスク小艦隊へ配属)となったものである。

 ポーランド海軍ではマイバッハ社製のディーゼルエンジンを搭載していたが、ソビエトでの修理に際してガソリンエンジンへ換装されており、武装もソビエト式のものに改められている。
 独ソ戦が勃発するとドイツ軍と交戦しているが、最終的にはドイツ軍の捕獲をおそれ全艇が自爆自沈している。


ジトーミル型 砲艦(河川モニター艦)の歴史
ジトーミル [Житомир (Zhitomir)]
1920年頃ダンツィガー・ヴェルフト[Danziger Werft]にて「ピンスク」として起工、進水
       8月竣工。ポーランド海軍ピンスク河川艦隊に配属
1939年 9月ドイツおよびソビエトの侵攻を受け、プリピャチで自沈
      10月ソビエトに捕獲、艦籍に編入。艇名を「ジトーミル」と改名。浮揚後修理される
1940年 7月ピンスク小艦隊へ配属
1941年 6月独ソ戦勃発。ドニエプル川で独軍の渡河に抵抗
       8月31日独軍の重砲による砲撃を受け損傷
       9月 1日浅瀬で座礁し行動不能となり、独軍の捕獲をおそれ自爆自沈
      10月 6日除籍
バブルイスク [Бобруйск (Bobruysk)]
1920年頃ダンツィガー・ヴェルフトにて「ホロディシュチェ」として起工、進水
       8月竣工。ポーランド海軍ピンスク河川艦隊に配属
1939年 9月ドイツおよびソビエトの侵攻を受け、プリピャチで自沈
      10月ソビエトに捕獲、艦籍に編入。艇名を「バブルイスク」と改名。浮揚後修理される
1940年 7月ピンスク小艦隊へ配属
1941年 6月独ソ戦勃発。ドニエプル川で独軍の渡河に抵抗
       8月31日独軍戦車による砲撃を受け大破。捕獲をおそれ自爆自沈
       9月22日除籍
1944年末浮揚後、スクラップとして再利用
ヴィーニツァ [Винница (Vinnitsa)]
1920年頃ダンツィガー・ヴェルフトにて「マズィル」[Morzyrz]として起工、進水
1921年 4月竣工。ポーランド海軍ピンスク河川艦隊に配属
1923年 7月31日艇名を「トルン」と改名
1939年 9月ドイツおよびソビエトの侵攻を受け、プリピャチで自沈
      10月ソビエトに捕獲、艦籍に編入。艇名を「ヴィーニツァ」と改名。浮揚後修理される
1940年 7月ピンスク小艦隊へ配属
1941年 6月独ソ戦勃発。ドニエプル川で独軍の渡河に抵抗
       7月15日ベレジナ川(ドニエプル川支流)にて独軍の砲撃を受け損傷、座礁
       7月16日独軍の捕獲をおそれ自爆自沈
       7月26日除籍
ヴィテブスク [Витебск (Vitebsk)]
1920年頃ダンツィガー・ヴェルフトにて「ワルシャワ」として起工、進水
       8月竣工。ポーランド海軍ピンスク河川艦隊に配属
1939年 9月ドイツおよびソビエトの侵攻を受け、プリピャチで自沈
      10月ソビエトに捕獲、艦籍に編入。艇名を「ヴィテブスク」と改名。浮揚後修理される
1940年 7月ピンスク小艦隊へ配属
1941年 6月独ソ戦勃発。ドニエプル川で独軍の渡河に抵抗
       7月キエフ近郊にて抗戦を続け、軍事評議会から赤旗勲章受賞の推薦を受ける
       9月18日独軍の包囲を脱出できず、捕獲をおそれ自爆自沈する
      10月 6日除籍
1944年末浮揚後、スクラップとして再利用


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