ウォグル型 (河川)砲艦

"Vogul" class (River) Gunboat
Речные Канонерские Лодки класса "Вогул"


ソビエト赤軍 ソビエト海軍


Proletariy
砲艦「プロレタリィ」(「ウォチャーク」から改名)のイラスト
スペックデータ
排水量:(基)245t ボイラー:(形式不詳)罐・重油石炭混焼×2基 燃料搭載量:石炭 50t
        重油 34t
全長:(全)54.5m
全幅:8.2m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:1.2m
出力:480hp
武装:
43口径12cm単装砲2基、12口径12.2cm臼砲1基、7.6mm機銃4基、
(第二次大戦時に砲を54口径10cm単装砲2基、43口径45mm単装砲2基、
12.7mm単装機銃2基などへ換装)
最大速力:10.5kt
航続距離:8ktで1,700浬
乗員定数:63名

同型艦名(7隻)
ウォグル
[Вогул (Vogul)]
ウォチャーク
[Вотяк (Votyak)]
ジリャーニン
[Зырянин (Zyryanin)]
カルムイク
[Калмык (Kalmyk)]
キルギス
[Киргиз (Kirgiz)]
コーレル
[Корел (Korel)]
シビリャク
[Сибиряк (Sibiryak)]
  

ウォグル型 (河川)砲艦について

 「ブリヤート」型砲艦に続いて建造された河川砲艦。基本的に「ブリヤート」型の改良型であるが、日露戦争の戦訓を取り入れており、砲の強化や司令塔などの装甲強化が行われている。
 船体の大きさは「ブリヤート」型とほぼ同じであるが、強化改良により排水量が50トン増加し、最高速度は1ノット低下した。

 竣工後は全艇がアムール小艦隊に配属されているが、第一次大戦時には非武装化され予備艦となっており、その後1918年にシベリア出兵の日本軍に拿捕・抑留されている。1920年代にソビエトへ返還されたが、一部の艇は再使用に堪えられずに解体処分となったため、ソビエト海軍へ再就役できたのは4隻であった。


ウォグル型 (河川)砲艦の歴史
ウォグル [Вогул (Vogul)]
1905年ソルノヴォ工場[Сормово]にて起工
起工時の艇名は「ザバイカレツ」[Забайкалец (Zabaykalets)]
      11月艇名を「ウォグル」と改名
1907年 3月進水
1908年11月28日竣工。アムール川へ輸送され、アムール小艦隊に配属
1914年頃第一次大戦勃発と供に非武装化され、予備艦となる
1918年 9月日本軍に拿捕され、抑留となる
1920年ソビエトへ返還。翌年ソビエト海軍へ再就役
1922年 2月艇名を「ベドノタ」[Беднота (Bednota)]と改名
1920年代末中ソ国境紛争に参加
1939年 1月艇名を「クラスナヤ・ズヴェズダ」[Красная Звезда (Krasnaya Zvezda)]と改名
1945年 8月対日戦参戦に際し、満州への侵攻に参加
       8月30日戦功ありとして親衛称号を受賞
1955年 8月 9日退役。非武装化。同月23日艇名を「СТЖ-23」と改名
1957年 1月12日艇名を「УТС-39」と改名
1961年 8月31日除籍
ウォチャーク [Вотяк (Votyak)]
1905年ソルノヴォ工場にて起工
起工時の艇名は「ウッスリーエツ」[Уссуриец (Ussuriets)]
      11月艇名を「ウォチャーク」と改名
1907年 3月進水
1908年11月28日竣工。アムール川へ輸送され、アムール小艦隊に配属
1914年頃第一次大戦勃発と供に非武装化され、予備艦となる
1918年 9月日本軍に拿捕され、抑留となる
1920年サハリンへ回航され、抑留を継続
1925年 5月ソビエトへ返還。同年国境警備隊へ再就役
1927年 2月艇名を「プロレタリィ」[Пролетарий (Proletariy)]と改名
1920年代末中ソ国境紛争に参加
1945年 8月対日戦参戦に際し、満州への侵攻に参加
       8月30日戦功ありとして親衛称号を受賞
1949年 5月25日除籍
ジリャーニン [Зырянин (Zyryanin)]
1905年ソルノヴォ工場にて起工
起工時の艇名は「アムーリツ」[Амурец (Amurets)]
      11月艇名を「ジリャーニン」と改名
1907年春進水
1908年11月28日竣工。アムール川へ輸送され、アムール小艦隊に配属
1914年頃第一次大戦勃発と供に非武装化され、予備艦となる
1918年 9月日本軍に拿捕され、抑留となる
1923年頃ソビエトへ返還されるが、再使用に堪えられないとして解体処分
1925年11月21日除籍
カルムイク [Калмык (Kalmyk)]
1905年ソルノヴォ工場にて起工
1907年夏進水
1908年11月28日竣工。アムール川へ輸送され、アムール小艦隊に配属
1914年頃第一次大戦勃発と供に非武装化され、予備艦となる
1918年 9月日本軍に拿捕され、抑留となる
1920年ソビエトへ返還。同年ソビエト海軍へ再就役
1922年春白軍および日本軍の捕獲をおそれハバロフスクにて自爆
(自爆は1921年末とする説もある)
キルギス [Киргиз (Kirgiz)]
1905年ソルノヴォ工場にて起工
1907年夏進水
1908年11月28日竣工。アムール川へ輸送され、アムール小艦隊に配属
1914年頃第一次大戦勃発と供に非武装化され、予備艦となる
1918年 9月日本軍に拿捕され、抑留となる
1925年頃ソビエトへ返還されるが、再使用に堪えられないとして解体処分
1925年11月21日除籍
コーレル [Корел (Korel)]
1905年ソルノヴォ工場にて起工
1907年夏進水
1908年11月28日竣工。アムール川へ輸送され、アムール小艦隊に配属
1914年頃第一次大戦勃発と供に非武装化され、予備艦となる
1918年 9月日本軍に拿捕され、抑留となる
1923年頃ソビエトへ返還されるが、再使用に堪えられないとして解体処分
1925年11月21日除籍
シビリャク [Сибиряк (Sibiryak)]
1905年ソルノヴォ工場にて起工
1907年夏進水
1908年11月28日竣工。アムール川へ輸送され、アムール小艦隊に配属
1914年頃第一次大戦勃発と供に非武装化され、予備艦となる
1918年 9月日本軍に拿捕され、抑留となる
1920年ソビエトへ返還。同年ソビエト海軍へ再就役
1922年 4月艇名を「クラスノエ・ズナーミャ」[Красное Знамя (Krasnoe Znamya)]と改名
1920年代末中ソ国境紛争に参加
1953年 4月29日退役
1958年 3月13日除籍


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