砲艦(河川モニター艦) スモレンスク

Gunboat(River Monitor) "Smolensk"
Канонерские Лодки(Речной Мониторы) "Смоленск"


ソビエト赤軍(旧ポーランド艦) ソビエト海軍 ポーランド海軍


Kraków
砲艦「クラクフ」側面図(ポーランド海軍時代)
スペックデータ(1932年頃。【 】内はソビエト海軍編入後のデータ)
排水量:(基)70t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油 搭載量不明
全長:(全)36.6m
全幅:6.2m 主機:Perkun-Kromhoutディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:0.7m
出力:120hp
武装:
10cm単装砲1基、同連装砲1基、7.9mm単装機銃3基、
(1939年に13.2mm単装機銃1基追加)
【12口径12.2cm連装砲1基、43口径45mm連装砲1基】
最大速力:9.0kt
航続距離:6ktで648浬
乗員定数:40名

同型艦名(1隻)
スモレンスク [Смоленск (Smolensk)](旧艇名「クラクフ」[Kraków])

砲艦(河川モニター艦)スモレンスクについて

 元は「ジトーミル」型(ポーランド海軍「ワルシャワ」型)と同じくポーランド海軍の河川用モニター艦で、ポーランドが侵攻を受けた際に捕獲をおそれて自沈、その後にソビエトへ捕獲・編入となったものである。
 「ジトーミル」型よりも数年建造が遅いため、同規模の船体だが搭載兵装や機関などが従前のモデルとは異なっている。またドイツへ建造を発注した「ワルシャワ」型と違って、当艦は国内で建造されている。なお、上記スペック表では機関をディーゼル機関としているが、正確にはセミ・ディーゼルと呼ばれる焼玉エンジンであったという。そのため、同規模のディーゼル機関よりも低出力かつ燃費も悪かったようである。

 ソビエト海軍編入後は、他のポーランド砲艦と同様ピンスク小艦隊へ配属され、独ソ戦勃発後はドニエプル川でドイツ軍の渡河に抵抗している。しかし多勢に無勢なこともあってキエフ周辺から撤退することは叶わず、ドイツ軍に捕獲されないよう自爆自沈した。


砲艦(河川モニター艦)スモレンスクの歴史
スモレンスク [Смоленск (Smolensk)]
1923年11月ポーランド機械&貨車工場L.ジーレニーウースキー社
[Polskie Fabryki Maszyn i Wagonów L. Zieleniewski S.A.]にて起工
1926年10月15日竣工。ポーランド海軍ピンスク河川艦隊に配属へ配属
1939年 9月ドイツおよびソビエトの侵攻を受け、プリピャチで自沈
      10月ソビエトに捕獲、艦籍に編入。艇名を「スモレンスク」と改名。浮揚後修理される
1940年 7月ピンスク小艦隊へ配属
1941年 6月独ソ戦勃発。ドニエプル川で独軍の渡河に抵抗
       8月14日キエフ近郊にて抗戦を続け、軍事評議会から赤旗勲章受賞の推薦を受ける
       9月12日(15日説あり)独軍の包囲を脱出できず、捕獲をおそれ自爆自沈する


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