砲艦(河川モニター艦) アクチーヴヌィ

Gunboat(River Monitor) "Aktivnyy"
Канонерские Лодки(Речной Мониторы) "Активный"


ソビエト赤軍 ソビエト海軍


Aktivnyy
砲艦「アクチーヴヌィ」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(基)250t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油20t
全長:(全)50.7m
全幅:8.2m 主機:4DR-24/38型ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:1.1m
出力:480hp
武装:
43口径10.2cm連装砲1基、43口径45mm連装砲2基、7.6mm4連装機銃1基、
同連装機銃1基
(第二次大戦後半に63口径37mm単装砲1基、12.7mm単装機銃3基を追加)
最大速力:8.5kt
航続距離:8ktで2,754浬
乗員定数:68名

同型艦名(1隻)
アクチーヴヌィ [Активный (Aktivnyy)]

砲艦(河川モニター艦)アクチーヴヌィについて

 「ウダルニィ」に続いて建造された河川用モニター艦。「ウダルニィ」がプロジェクトSB−12[СБ-12]と呼称されていたのに対し、本艦はプロジェクトSB−30[СБ-30]と呼ばれた。
 ドニエプル小艦隊向けに設計が行われ、「ウダルニィ」よりも一回り小型であった。主砲は10.2センチ口径の連装砲塔が搭載されているが、司令塔(艦橋)は主砲塔の上に設置されており、砲塔の旋回とともに回転した。
 最高速度を発揮させると大きな船尾波(艇の後方にできる波。引き波や蹴り波とも呼ばれる)が発生し、舵の利きが悪くなるという欠点があったという。

 1935年に竣工した当艇であったが、当初の計画とは異なり極東へ配備されることとなり、竣工後に分解してハバロフスクまで鉄道輸送されている。再組立後はアムール小艦隊へ就役した。
 対日戦参戦後は満州侵攻に参加しているが大きな戦果は挙げておらず、1953年に退役後は貨物船として売却されている。


砲艦(河川モニター艦)アクチーヴヌィの歴史
アクチーヴヌィ [Активный (Aktivnyy)]
1934年レーニンスカ・クズニヤ(第300)工廠[Leninska Kuznya]にて起工
       8月23日進水
1935年10月竣工後、分解してハバロフスクまで鉄道輸送
キーロフ(第368)工廠[Kirov]にて再組立後、アムール小艦隊へ配属
1938年近代化改修を実施
1945年 8月対日戦参戦。満州侵攻などに参加
1952年 4月艇名を「カンガ」[Кенга (Kenga)]と改名
1953年 6月11日退役
1957年除籍後、売却処分。アムール川で貨物輸送船となる


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2017,01,26