(嚮導)駆逐艦 タシケント

Destroyer Leader "Tashkent"
Лидеры "Ташкент"


ソビエト海軍


Tashkent
スペックデータ
排水量:(基)2,893t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油1,178t
全長:(全)139.8m
全幅:13.7m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.0m
出力:102,000hp
武装:
50口径13cm単装砲4基(後に連装3基に換装)、55口径7.6cm
連装砲1基、45口径45mm機関砲6基(後に55口径37mm機関砲6基
に換装)、21inch魚雷3連装発射管3基、爆雷搭載数不明(投射機2)
または機雷110個搭載
最大速力:42.5kt
航続距離:20ktで5,000浬
乗員定数:250名

同型艦名(1隻)
タシケント [Ташкент (Tashkent)]

駆逐艦タシケントについて
 5カ年計画にて大型(嚮導)駆逐艦の建造を始めたソビエト海軍であったが、列強各国における技術 の進歩に今ひとつ遅れ気味であった。そこで外国へ建造を発注して最新の技術を得るための参考とする ことにし、イタリアへ大型駆逐艦1隻の建造発注を行った。この艦は自国内で以降に建造するかもしれ ない大型駆逐艦のひな形とする計画もあり、ソビエト側は考え得るだけの能力を全て盛り込む方向であ った(しかし、あまりに大型となり過ぎたたため当艦以降に大型駆逐艦の建造は行われずに終わっている)。
 ソビエトの意向を受けたイタリアの造船所側では、希望どおりの能力を全て満たすだけの設計を行っ ているが、その結果船体は異常に大型化し満載状態で3,400トンあまりと日本海軍の軽巡 「夕張」に匹敵するサイズ となってしまっている。
 イタリア艦らしいスタイリッシュな船首楼式船体と太い集合煙突のシルエットを持つ当艦は第二 次大戦開戦直後(まだソビエトは交戦状態になかった)にソビエトへ引き渡され、独軍のソビエト侵攻 が実施されると黒海沿岸にて戦闘を行っている。

駆逐艦タシケントの歴史
タシケント [Ташкент (Tashkent)]
1935年 1月11日OTO[Odero Terni Orlando]リヴォルノ造船所にて起工
1937年11月28日進水
1939年10月22日竣工
 黒海艦隊に所属し各種任務に従事。独軍侵攻後は交戦状態となる
1941年 8月30日オデッサ近海にて独軍機の攻撃を受け損傷を負う
      9月〜セバストポリにて修理を実施。完了は翌月
1942年 7月 2日セバストポリ−ノボロシスク間にて護衛任務中、独軍機の攻撃を受け大破
ノボロシスクへ自力でたどり着くも浸水着底する
1944年浮揚作業を実施するが修理はされず、翌年スクラップとして解体される


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